民主化をめぐり混迷を深めるスーダン ロシナンテスの川原理事長が情勢を語る

 アフリカのスーダンで医療や教育の支援活動を続けるNPO法人「ロシナンテス」(北九州市小倉北区)の理事長・川原尚行さんが、混迷を深めるスーダンの国内情勢について報告しました。スーダンでは、バシル大統領の失脚後、軍主導の暫定政権と民主化を求める住民デモ隊が衝突。多数の死傷者が出ています。ロシナンテスは現地の日本人職員を帰国させ、川原さんもスーダンへの渡航を見合わせています。スーダンで今、何が起きているのでしょうか。(読売新聞西部社会部・山根秀太)

 スーダンはアフリカの北東部に位置します。今年4月、30年間にわたって政権を掌握してきたバシル大統領がクーデターにより失脚。軍部による暫定政権が樹立されましたが、軍政に反発する住民デモ隊との対立が激化しています。

「SNSってすごいな」デモで発揮したネットの力

 川原さんは6月9日、北九州市小倉北区で開いたロシナンテスの活動報告会で、スーダンの国内情勢を語りました。

 「今回のデモ活動で力を発揮したのがSNSです。デモの場所がSNSで出回り、住民は連携できました。SNSの力ってすごいなと思いました。政府は複数のSNSサービスを遮断しましたが、住民はしぶとく使っていました」
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ロシナンテスは、元外務省医務官の川原さんが2006年に設立。スーダン国内の29か所の無医村を巡回して医療サービスを届ける。クラウドファンディングを活用するなどして寄付を募り、診療所や学校、井戸などの給水設備の建設などを進めている。

電気のない村の村長とはフェイスブックの「友達」

 「5月にスーダンに行ったときです。首都ハルツームから8時間も離れた電気もない村で、村長がスマートフォンを使って、フェイスブックをしていました。ソーラーパネルで充電して。ハルツームのデモの状況をフェイスブックで入手しているのです。村長と私はフェイスブックの「友達」で、グーグルの翻訳機能を使って、アラビア語でメッセージのやりとりをしています。電話線のない村で、村長たった1人ではありますが、太陽光で電気を得てスマホを使っています」

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暗闇の中、スマートフォンを操作する村長 (川原さん提供)

暫定政府がデモ隊に発砲し、情勢はいっそう混迷化

 暫定政権は6月3日、座り込みによる抗議活動を続けるデモ隊を武力で強制排除しました。AP通信によると、これまでにデモ隊側の100人超が犠牲になるなど、情勢が不安定化しています。

 国連は人道支援などでスーダンに駐在する職員の一部を国外に避難させる方針を示しています。また、アフリカ連合(AU)は、すべての活動でスーダンの参加を一時停止しています。

民政を求める国民「世界に知ってもらいたい」

 スーダンにいたロシナンテスの日本人スタッフは3人。1人は6月6日に出国していました。活動報告会が行われた9日、残る2人の職員も出国できました。川原さんはしばらく日本に滞在し、現地スタッフを通じて状況把握に努めることにしています。

 川原さんはマイクを握る手に力を込めました。

 「スーダンの人たちは、スーダンの内情を世界に知ってほしいと声を上げています。私は5月にスーダンに行ったばかりです。デモ隊も友好的で平和的でした。彼らは一日でもはやく民政に移行してほしいと訴えています」

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【動画】ミクニワールドスタジアム北九州 ライン引きの現場に潜入した!

 ギラヴァンツ北九州のホームスタジアム「ミクニワールドスタジアム北九州」。サッカーの取材中に疑問に思ったのが、ピッチのラインについて。どうやって引いているのか。Jリーグの試合に向けて準備する、グラウンドキーパーのライン引き現場を取材しました。(読売新聞西部社会部・山根秀太)

※こちらは動画コンンテンツのみとなっております。

記事はこちら:ミクニワールドスタジアム北九州 ライン引きのマニアな現場に潜入した!

ミクニワールドスタジアム北九州 ライン引きのマニアな現場に潜入した!

 ギラヴァンツ北九州のホームスタジアム「ミクニワールドスタジアム北九州」。サッカーの取材中に疑問に思ったのが、ピッチのラインについて。どうやって引いているのか。全く消えないのは「ペンキか何か?」。Jリーグの試合に向けて準備する、グラウンドキーパーのライン引き現場を取材しました。(読売新聞西部社会部・山根秀太)

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近いところは客席とピッチの距離が8メートル = 山根秀太撮影
 ミクスタは客席とピッチがとにかく近い。試合中にピッチサイドからカメラを構えると、すぐ後ろに陣取るサポーターの歓声、悲鳴、熱狂、落胆も直に感じ取れます。

記者も知らないライン引きの世界

 取材に応じてくれたのは、ミクスタのグラウンドキーパーの皆さん。この日は村上貴之さんをリーダーに、3人で作業が進められていました。

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真剣なまなざしで作業をする村上さん = 山根秀太撮影

 ラインを引く前に準備の芝刈りです。取材当日は2日後に試合を控えていたので、あらかじめ短めに芝をそろえます。

 芝刈りが終わり、ここからが本番。基準となるロープをピッチに張り巡らせます。ゴールから反対側のゴールまで100メートル以上あるので、ロープがたるまないように、綱引きの要領で全体重をかけて引っ張ります。

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基準となるロープが歪むとラインも真っ直ぐ引けない = 山根秀太撮影

プロは言う「曲線より直線が難しい」と……

 ラインの素となる白い液体が入った専用の手押し車が登場。ロープに沿って押していくと、後ろには真っ直ぐ、真っ白なラインが登場します。

 メインスタンドとバックスタンドを結ぶラインから。同じ向きのラインが全て引き終わると、ゴール間を結ぶ方向に転換して作業を繰り返します。

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きれいに真っ直ぐ慎重に = 山根秀太撮影

 「直線を引くのが難しい。失敗できないので緊張します」。村上さんはそう言います。

 直線が終わると、ペナルティーエリアとピッチ中央にある曲線です。手押し車にメジャーをくくり、弧を描いていきます。その後はコーナーエリアやベンチ前へ。作業は約2時間で終了しました。試合当日を待つだけです。


円を描くときはメジャーを使って引く = 山根秀太撮影

J1に上がればラインは濃くなる?

 今年はギラヴァンツが開幕から好調を維持しています。村上さんは「今年こそJ2に昇格してほしいですね」と期待を口にし、作業にもいっそう力が入っています。

 作業中、ベテランのグラウンドキーパーに聞きました。実は、このラインにはいくつか種類があり、ミクスタがJリーグの試合用で使っているものは、ユニホームについても簡単に洗い落とせるそうです。ペンキじゃありませんでした。価格も高めだそうです。「J1に上がったらラインは濃くなるかもね」と耳打ちされました。理由はテレビ中継。視聴者に見えやすくする工夫だそうです。奥深きライン引きの世界。

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ビフォー、アフター = 山根秀太撮影

6月2日の九州ダービー “もろびとこぞりてミクスタへ”

 ギラヴァンツ北九州は第9節を終えてリーグ首位に立っています。6月2日はミクスタにロアッソ熊本を迎え、九州ダービーが開催されます。キックオフは午後4時。村上さんが引いたラインにも注目しながら声援を送ってください。

磯崎新さんプリツカー賞受賞記念 お弟子さんに北九州市の磯崎建築を紹介してもらう

 「建築界のノーベル賞」とも言われる「プリツカー建築賞」を受賞した大分県出身の建築家・磯崎新さん。北九州市内には磯崎さんが手がけた公共建築物が数多くあり、映画のロケ地としてもスクリーンにたびたび登場します。磯崎さんのアトリエに14年勤めたお弟子さんに、若かりし頃の磯崎伝説を聞きつつ、北九州の磯崎建築を紹介してもらいました。(読売新聞西部社会部・山根秀太)

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磯崎新(いそざき・あらた)。1931年大分県大分市生まれ。東京大学工学部建築学科卒業。卒業後は建築家・丹下健三に師事。1963年磯崎新アトリエを設立。機能主義に反発するポスト・モダン建築の旗手として活躍。ハーバード大、コロンビア大などで客員教授を歴任し、多くの国際コンペで審査員を務める。代表作は茨城県の「つくばセンタービル」(1983年)、「大分県立大分図書館」(1966年)、ロサンゼルス現代美術館(1986年)など。

 日本人のプリツカー賞受賞者は磯崎さんで8人目です。過去には東京都庁や代々木第1体育館の設計で知られる故丹下健三さん、茨木春日丘教会(別名:光の協会)の安藤忠雄さんなどが受賞しています。海外では、幻となった新国立競技場を設計した故ザハ・ハディドさんも受賞者の一人です。

案内人は磯崎さんのお弟子さん

 案内してくれたのは建築家の西岡弘さん。大学1年からアルバイトとして磯崎新アトリエで働き始め、大学を卒業した1970年からは社員として14年勤めました。今回は北九州市が企画した関係者向けツアーの解説役として、各所を紹介してくれています。

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巨大カマボコに宇宙観を描いたステンドグラス

――北九州市立中央図書館・文学館(1974年)といえば、かまぼこ形の独特なフォルム。緑青の屋根も印象的です。映画『図書館戦争』(2013年公開)のメインロケ地としても登場します。


北九州市立中央図書館・文学館 = 大野博昭撮影

nishioka今もきれいに使われているなぁと感心します。中央図書館のようなダイナミックな建築が磯崎さんの真骨頂です。文学館にあるステンドグラスは、江戸時代の思想家・三浦梅園が著書の中で用いた図を参考に、梅園の宇宙観を磯崎さんが表現しました。

_YMP9569文学館にあるステンドグラス = 山根秀太撮影
――磯崎さんは西岡さんの師匠ですよね。

nishiokaですね。当時は近寄りがたかったですよ。まず、社員を褒めません。かといって怒りもしない。アトリエでは設計の説明とかも一切しない。

――怖い……

nishiokaいやいや。当時の建築事務所にはいわゆる徒弟制度のような雰囲気がありましたから。「親方の技を見て盗む」みたいな。だから手取り足取りという感じはなかったです。磯崎さんはスケッチがすごく上手なんですよ。当時はパソコンがないから、設計図も全て手描きでしょ。磯崎さんはびゃびゃびゃーって描いちゃう。当時はおおらかな時代で、そういったスケッチはみんな捨てちゃって。今思うと大事に保管しとけばよかったよな。

山頂に立つ北九州のランドマークは逆鱗に触れた思い出

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北九州市立美術館 = 北九州市立美術館提供

――突き出た2本の直方体が特徴的な北九州市立美術館(1974年)は「丘の上の双眼鏡」と称されますが、最近はアニメ『機動戦士ガンダム』に登場する「ホワイトベース」に似ているという声も多いようです。こちらは映画『デスノート』(2006年公開)のロケ地ですね。美術館の思い出はありますか。

nishioka磯崎さんが現場責任者にキレました。

――やっぱり怖い人ですよね……

nishioka磯崎さんの意図とは違う施工がなされたんです。現場を訪れた磯崎さんが気づいて、担当していたアトリエの現場責任者に激怒しました。でも、足場とかも外しちゃってて、すでに手遅れでした。その記憶が強烈に残っています。

 でもね、しょうがない面もあったんです。当時は10人かそこいらの従業員しかいないのに、複数の大規模案件が重なって、むちゃくちゃ忙しかった。私も寝袋をもってアトリエでよく寝泊まりしていましたから。だから誰も責められません。ブラック? 今じゃ考えられないけど、そういう時代でしたね。

――まさに一心不乱って言葉がぴったり。

nishiokaこんなエピソードもあります。仕事で徹夜が決まった夜、磯崎さんが社員をとんかつ屋に連れて行ってくれました。そしたら三島由紀夫が書生とおぼしき男たちと一緒にいて、「あいつが三島だ」みたいにみんなでヒソヒソ話しながら食べたことがありました。楽しかったですよ。

お金がない。空調もない。

西日本総合展示場本館
西日本総合展示場本館 = 大野博昭撮影

――西日本総合展示場本館(1977年)ですね。海辺に立つコンベンションセンターで、様々なイベントが開かれています。屋根を支える支柱が船のマストをイメージしているそうです。

nishiokaここでは私が責任者を任されました。

――ついに! やったじゃないですか!

nishiokaでもね、お金がなかった。支柱からワイヤを垂らして天井を支える構造が、もんのすごいお金がかかって。内装や外装にあまり工事費を向けられませんでした。当初は空調設備もなかったですから。※空調は1998年に設置。

――西日本総合展示場本館の隣には北九州国際会議場(1990年)があります。実写版の映画『ママレード・ボーイ』(2018年公開)のロケ地です。総合展示場本館とともに原作漫画にも登場しますね。

北九州国際会議場
北九州国際会議場。左奥に見えるのはミクニワールドスタジアム北九州 = 大野博昭撮影

nishiokaこの色彩や形はまさにポスト・モダン建築です。磯崎建築は快晴の日がもっとも映えると思っています。館内には海の波をイメージした天井があります。大理石をぜいたくに使った柱など、バブル期だからこそできた建物でもありますね。

――どうして北九州市には磯崎建築が多いのでしょうか。

nishioka1967年から5期20年にわたって北九州市長を務めた谷伍平さんの存在が大きかったですね。磯崎さんは谷さんのことをパトロンだと言ってはばかりませんでした。公共事業では同じ建築家に何度も仕事を任せることはありません。癒着が疑われますから。谷さんは磯崎さんの実力を見抜いていたのかもしれません。磯崎さんも結果で谷さんの期待に応えました。

――西岡さんにとっても師匠のプリツカー賞は感慨深いですね。

nishioka磯崎さんの受賞は遅すぎたくらい。私もほっとしています。北九州には磯崎建築が今も大切に受け継がれ、そして市民に愛されています。これからも後世に守り伝えていってほしいです。

取材協力:北九州市MICE推進課

夜景ばっちこい! 報道カメラマンが教える構図のマジック【後編】

 前編では高塔山から若戸大橋のたもとまでやってきました。後編では北九州市の中心街へと移動しながら撮影していきます。街なかにも魅力的な夜景スポットがあるようです。(読売新聞西部社会部・山根秀太)

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高塔山の展望台からの夜景 = 2019年5月7日、大野博昭撮影

【前編の記事】若戸大橋から謎の光。それ、どうやって撮ったの?

ホームの人、50センチこっちに来てくれないかなぁ

 次に訪れたのは、JR九州工大前駅の歩道橋です。さっきまでいた若戸大橋が遠くに見えます。歩道橋の下は線路と都市高速道路が走り、在来線と車が行き交います。

 三脚を立てて撮影を始めた大野カメラマンでしたが、「うーん、ダメかぁ」と初めての弱気な言葉が出ました。歩道橋は通行人に加えて、下を通る電車や車の振動で小刻みに揺れていました。写真がブレて、どうしても思ったように撮れないようです。無念のギブアップか。「じゃあ、次に行きますか」と声をかけたのですが、大野カメラマンは何かを見つけ、急に撮影を再開しました。そこから15分くらい粘りました。「ホームの人、もう50センチこっちに来てくれないかなぁ」。独り言も出ます。撮影した写真がこれです。

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通過列車が走るホームに人がたたずむ = 2019年5月7日、大野博昭撮影

 大野カメラマンも納得の1枚でした。でも、50センチの真意とは。聞くと、ホームに立っている人の頭に柱の影がかぶっていると。「50センチ手前に来てくれれば、影から出たのに」と悔しそうに言います。あまりの細かさに、「すみません。その差、分かりません」と口にしそうになりましたが、思いとどまりました。歩道橋からはほかにもこんな写真が撮れました。

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撮れないと言いながらもちゃんと撮れてます = 2019年5月7日、大野博昭撮影

北九州市中心部の新名物「逆さ小倉城」を撮影

 そこから沿岸部で工場夜景を軽く撮り、小倉北区の中心街に戻ってきました。最後のモデルは、ライトアップされた小倉城です。

 ライトアップされた小倉城もスマホで簡単に撮れます。風がない日なら、小倉城がお堀に映る写真が撮れます。大野カメラマンにも「逆さ小倉城」を狙ってもらいました。

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水紋に揺れる小倉城 = 2019年5月7日、大野博昭撮影

 午後9時半。高塔山での撮影開始からわずか2時間ほど。最後にガラス張りの市役所に映る小倉城を撮影しようと移動したのですが、市役所にはまだ煌々と明かりがともっていました。市役所の人たちも頑張って働いているようなので、ここは仕方なしとあきらめました。とかなんとか言いながらも、やはり撮っていました。

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2019年5月7日、大野博昭撮影
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2019年5月7日、大野博昭撮影

カメラの性能の違いが、写真の決定的な差ではない

 撮影終了後、近くのラーメン屋で反省会です。大野カメラマンは「写真はやっぱり構図」と語ります。確かに、夜景は思っていたより手軽に撮ることが出来ました。スマホでも撮れます。ただ、魅力的な写真を撮ろうとすると、やはり試行錯誤も必要なようです。「いろいろ試して、遊び心があると上手になるんじゃないのかな」と大野カメラマン。実際に撮影現場の大野カメラマンはよく動いていました。カメラの性能の違いが、写真の決定的な差ではない、ということのようです。

 今回は移動も含めてわずか2時間の撮影でしたが、大野カメラマンが撮影した写真はなんと900枚。「たくさんシャッターを切ってごらん。奇跡の1枚に出会えるよ」だそう。みなさんもカメラを持って夜景撮影に出かけてみてはいかがですか。

北九州市は展望台、街なか、工場などの多様な夜景が魅力

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日本新三大夜景の仲間入りは北九州市の観光行政にとってもうれしい話題だ = 2019年5月7日、北九州市観光課、山根秀太撮影

 北九州市では夜景を観光資源にしようと、官民をあげた取り組みが進められています。今回、撮影に訪れた場所以外にも皿倉山や門司港レトロ、ミクニワールドスタジアム北九州など、夜景スポットが数多くあります。7月に開催される「戸畑祇園大山笠」や8月の「関門海峡花火大会」も夜景撮影にはもってこいです。海上からも工場夜景を楽しんでもらおうと、毎週土日には「北九州夜景観賞定期クルーズ」も運航しています。

 北九州市観光課は「北九州市は展望台からの夜景だけでなく、市街地や工場夜景といった多種多様な夜景を楽しめます。『インスタ映え』する夜景がそろっているので、自信を持っておすすめします」とPRしています。

【北九州市内の夜景スポットや観光情報】
一般社団法人「夜景観光コンベンション・ビューロー」
北九州市観光情報サイト「ぐるリッチ!北九州」夜景観賞定期クルーズ

【前編】若戸大橋から謎の光。それ、どうやって撮ったの?

夜景ばっちこい! 報道カメラマンが教える構図のマジック【前編】

 夜景って奇麗に撮れますか。近年は軽くて持ち運びのしやすいミラーレス人気も相まって、街なかで一眼レフカメラを首から下げた「カメラ女子」も多く見かけます。ところが「夜の写真はちょっと苦手」という方も多いのではないでしょうか。いえいえ、コツさえつかめば意外と簡単。2018年に長崎市、札幌市とともに「日本新三大夜景都市」に選ばれた北九州市の夜景を撮影するというカメラマンに同行して、「差がつく」プロのテクニックを盗んできました。(読売新聞西部社会部・山根秀太)

【後編】苦戦する大野カメラマンが撮影した渾身の1枚

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北九州市の夜景の魅力の一つ、工場夜景 = 2019年5月7日、大野博昭撮影

 今回、同行させてもらったのは、読売新聞西部写真部の大野博昭カメラマン。入社24年のベテランです。普段から夜景を撮る機会も多いそうで、「最近のカメラは性能がいいから大丈夫」と、なんとも頼もしい言葉に背中を押されていざ出発です。

 最初に訪れた撮影エリアは、夜景スポットとしても有名な、若松区にある高塔山の展望台です。市内の夜景が見渡せるまさに夜景の聖地。「まずは夜景撮影のイロハを教えましょう」ということで、王道の撮影スポットで日没直後の通称「マジックアワー」の時間帯を狙います。

手すりにもたれて、じわーっとシャッターを切るべし

 夜景の撮影というと、三脚を立てて「レリーズ」と呼ばれる外付けシャッターをカメラから垂らして撮影する玄人っぽい姿をイメージします。こういった撮影スタイルは、写真の手ブレをなくす定番のテクニックです。

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三脚、レリーズスタイルで撮影する大野カメラマン = 2019年5月7日、山根秀太撮影

 ただ、近年の一眼レフは性能が日進月歩で進化しています。どのメーカーの一眼レフも、暗い場所での撮影に強くなっており、手ブレしにくくなっています。結局、今回の撮影でも三脚はあまり使いませんでした。その代わり、夜景スポットにある「手すり」が活躍しました。まず、手すりや壁にもたれて体を固定します。「息を止めて、じわーっとシャッターを押してみて」。そうすることでカメラがブレにくく、シャッタースピードを遅くしても意外に対応できました。さらにもう一つ。夕焼けの撮影は「曇りモード」にすべし、というアドバイス。実際に試すと、確かに鮮やかな夕焼けが撮れました。
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手すりを使って体を固定すれば、三脚がなくても大丈夫 = 2019年5月7日、山根秀太撮影

いよいよ、大野カメラマンが動き出す

 海に広がるあかね色が、徐々に深いブルーに変化していきます。

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夕暮れに染まる北九州市の市街地 = 2019年5月7日、大野博昭撮影

 「ここからの10分間が勝負だね」。大野カメラマンはそう言うと、すごい勢いで写真を撮り始めました。端から見ていると、どこを撮っているのか、見当もつきません。用意した2台のカメラでひたすらシャッターを切り続けます。

 そして、撮影していたのがこれらの写真です。その場にある構造物を生かしながら、幻想的な世界観を表現しています。

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展望台の構造物を額縁のように使うテクニック = 2019年5月7日、大野博昭撮影

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若戸大橋の橋脚と奥に広がる工場夜景 = 2019年5月7日、大野博昭撮影

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若戸大橋を行き交う車のライトが光の筋になる = 2019年5月7日、大野博昭撮影

若戸大橋に謎の光。これ、どうやって撮ったんですか?

 次に若戸大橋の真下にやってきました。若戸大橋は、若松区と戸畑区にまたがって架かっています。今回の撮影場所は戸畑区側です。橋は2018年12月からライトアップされ、新たな夜景の撮影スポットとしても人気です。ライトアップされているので、スマートフォンでも簡単に撮影できるのも魅力の一つで、いわゆる「映え」スポットでもあるのです。

 ここでも大野カメラマンはあちこち行ったり来たりしながらの撮影です。それにしてもよく動きます。夜景の撮影って、三脚を立ててどっしり構えて黙々と撮影するイメージだったのですが…… そして、その時に撮影した写真がこちらの写真です。

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若戸大橋から生まれる無数の光のラインが幻想的な1枚 = 2019年5月7日、大野博昭撮影

 この写真はどうやって撮ったのでしょうか。大野カメラマンに聞きました。この写真は1秒間の露光で、シャッターがおりる直前に、わざとぐにゅっとカメラを動かしたそうです。明るい部分だけが光のラインとして浮かび上がる夜景ならではの撮影テクニックだそうです。徐々にプロのテクニックを見せ始めましたよ。

 ここではほかにもこんな写真が撮れました。

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上下、左右を対称にした構図 = 2019年5月7日、大野博昭撮影
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もう少し波が穏やかだったら海面が鏡のように映るかも = 2019年5月7日、大野博昭撮影

【後編】苦戦する大野カメラマンが撮影した渾身の1枚