第25回「石蔵酒造」(福岡市) 博多区堅粕(現在) 亡命の高杉晋作が潜伏、再起図る 主人の石蔵卯平、月形洗蔵ら筑前勤皇党と連携

一筆啓上

 福岡市博多区に「対馬小路」と表記される地名がある。

 多くの方は、ツシマコウジ? ツシマショウジ? と自信なげに口にされる。
「ツマショウジ」と読むのだが、なぜ、博多の地に対馬という地名があるのか。
 不思議……。

 これは、もともと、この地に対馬藩の蔵屋敷があったことから付けられた。

 対馬藩は幕府から薬用朝鮮人参の独占貿易を認められ、10万石の大名と同格に扱われた。しかし、対馬は米を十分に収穫できる地ではない。そこで、肥前田代領(現在の佐賀県鳥栖市上町)に飛び地を持ち、そこで収穫された米を博多の蔵屋敷に集めた。その蔵屋敷があったことから「対馬小路」という地名が遺った。

 そして、この対馬小路の地で海運業を営んでいたのが「石蔵屋」。

 この石蔵屋の主人は石蔵卯平いしくらうへいといって、勤皇の志が篤い商人だった。高杉晋作の筑前福岡への亡命では、身命を賭して晋作を庇護したのだった。

 現在、「石蔵屋」は福岡市博多区堅粕に移転し、酒造業を営んでいる。

 ギャラリーのような酒蔵の一画に、維新史に登場する志士たちのパネルがあり、「石蔵屋」の主人卯平と志士たちとの交流の歴史を楽しむことができる。

 「意外だった……」。こんな歴史ファンの声を聞くことができるのである。

後に奇兵隊入りの石蔵卯平 高杉を匿ったのが機縁か 金銭・情報面で勤皇派支援 功績認められ靖国神社に合祀

 石蔵酒造という造り酒屋が福岡市博多区堅粕にある。「博多百年蔵」と言ったほうが分かりやすい。蔵は国道3号に面しているが、ここは明治3年(1870年)に第二酒造場として設けられたところ。それ以前は、現在の博多区須崎町にあったと伝わる。始まりは、福岡藩主の黒田家に従い筑前に来た石蔵屋。魚問屋、対馬藩の運送用達を生業とした。須崎町の北側には対馬小路つましょうじという地名が残るが、これは対馬藩の蔵屋敷がこの地にあったことに由来する。

 文久3年(63年)、長州藩は英米仏蘭の四か国艦隊に砲撃を仕掛け敗北。その講和使節は高杉晋作だった。その堂々とした応対ぶりは、アーネスト・サトウの『一外交官の見た明治維新』に詳しい。

 しかし、同年の「八月十八日の政変」、元治元年(64年)の「禁門の変」で長州藩は幕府の圧力に屈し、俗論党が政権を掌握した。高杉は再起を期すため、身を潜める必要があった。

 俗論党によって拘束されかけた高杉は、まず、馬関(山口県下関市)の豪商・白石正一郎を頼った。さらなる逃避行には、久留米藩真木和泉の門弟渕上郁太郎、福岡脱藩浪士の中村円太えんたが関わった。

 同年11月、高杉は筑前福岡に亡命した。谷梅之助と変名した高杉が潜伏した先は石蔵屋。主人の石蔵卯平いしくらうへいは筑前勤皇党の月形洗蔵、鷹取養巴たかとりようはと親しく、先導役の円太とも顔なじみ。常日頃、卯平は勤皇党の志士に金銭の都合をつけ、情報を提供するなど協力的だった。それは対馬藩の勤皇派に対しても同じだった。

 文久2年(62年)、対馬藩と長州藩は同盟を結ぶが、これは前年のロシア軍艦ポサドニック号が対馬を占領した影響が大きい。こういった内外の動き、変化に卯平は迅速に反応したが、それは高杉受け入れにも見て取れる。

 卯平は後に、高杉が創設した奇兵隊に身を投じる。自邸での高杉との出会いが機縁となったのは想像に難くない。残念ながら、明治元年(68年)、卯平は同志と長崎に赴いて後、肥後・天草で何者かによって惨殺された。

 しかし、卯平がいたことで、高杉は再起できた。変化を読み取るに敏な卯平と高杉は、維新の先に何を見、何を語っていたのだろうか。須崎町から堅粕をめぐりつつ考えた。

 なお、功績が認められ、明治26年(93年)、卯平は靖国神社に合祀ごうしとなった。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から2018年12月まで読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(2017年6月~2018年12月)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
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 通勤途中の大濠公園(福岡市中央区大濠公園)。水辺に張り出したこずえの上、間隠まがくれに、長いくちばしとずんぐりとしたシルエットが目に入りました。

 公害のひどかったころを知る世代にとっては、カワセミは「清流の宝石」でした。でも、油山市民の森の小川真樹・自然観察指導員によると、「福岡市内では室見川や樋井川などでも見かけるようですよ」。現代のバードウォッチャーには、「都会の宝石」なのかもしれません。

 「動画、動画」とあたふたとカメラを取り出し、どうにかこうにか、都会の宝石の姿を捉えることに成功。

 せっかく会えたのに、肉眼で見たのはほんの一瞬。あとはカメラのモニター越し。チィー、チィーと鳴きながら、水面をかすめるように飛び去る姿は撮ることができませんでした。

 よし、今度は、自分の目だけに焼きつけよう――。

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