第6回「葛」 守りたい💝健康&手にしたい👐美しさ✨ 伝統食材の効用に注目👀 葛養生レシピ、コスメ活用―― 女性記者が“達人”に教わってきました!! おすすめの本葛粉もご紹介

 読売新聞福岡版の地域生活欄「まち風 くらし色」では11月18日、伝統食材の葛を使った「プチ断食」の体験イベントを紹介しました。最近、食べ過ぎとお酒の飲み過ぎ傾向が止まらない記者(女性)も参加。甘酒に葛でとろみをつけた「甘酒葛湯」などを少しずついただき、一日を過ごしました。 “第6回「葛」 守りたい💝健康&手にしたい👐美しさ✨ 伝統食材の効用に注目👀 葛養生レシピ、コスメ活用―― 女性記者が“達人”に教わってきました!! おすすめの本葛粉もご紹介” の続きを読む

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手軽に製本📖 思いを発信💓 アメリカ発祥「ZINE」 🎼音楽や旅🧳 テーマ自由🌟

 好きな写真やイラストをまとめたり、音楽や旅の話をつづったり――。米国発祥の手作り冊子「ZINE(ジン)」が、人気を集めています。インターネットで手軽に情報を発信できる時代ですが、自分で製本する楽しさが見直されています。
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行って🚶‍♂️見て👀撮って📸きました!! 「MARK IS 福岡ももち」竣工、館内共用部の一部公開 11月20日(火)プレオープン、21日(水)グランドオープン・開業キャンペーン開始🎊👏 もうね、これは一つの「街」です 地域とともに“成長”の物語を🥰

 福岡市中央区地行浜のヤフオクドームに隣接するホークスタウンモール跡地の複合再開発で、三菱地所(東京)が開発した商業施設「MARK IS(マークイズ) 福岡ももち」が11月15日(木)に竣工し、館内共用部の一部が公開されました。20日(火)のプレオープン(10時~20時、だれでも入館可)を経て、21日(水)にグランドオープン。初日から開業キャンペーンを展開します。本日は写真をふんだんに使って館内外をご案内――。
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第19回「久留米城跡 篠山神社」(久留米市) 祭神は歴代久留米藩主 第10代頼永、尊皇の志篤く日本見据える 無念の早世、長命なら幕末維新史で久留米藩は……

一筆啓上

 久留米城跡には歴代藩主有馬家を顕彰する「有馬記念館」がある。

 訪ねた折、「姫様のひなまつり」展として、お姫様のためにあつらえた絢爛けんらん豪華な品々が展示されていた。それらを眺めながら、維新時の藩主である有馬頼咸ありまよりしげの解説に目が留まった。

 有馬頼咸は第12代将軍徳川家慶とくがわいえよしの養女精姫を正室に迎えるため、久留米藩の江戸藩邸を新築することに。それも、藩財政を揺るがす巨額の資金投入をした。殿様は徳川家に対しメンツを保つためだろうが、これでは領民はたまったものではない。時代は、オランダ国王が日本に開国を勧めてきた時期と重なる。

 本来、西洋列強の脅威に備えなければならないときに、江戸藩邸の新築とは、なんと悠長な事と思った。幕府も藩も、緊張感に欠けている。これでは、倒幕論が盛んになるのも仕方ない。

 そんな感想を抱いて有馬記念館を後にした。
 
 ちなみに、久留米城跡には「東郷記念館」もある。ブリヂストン創業者・石橋正二郎が尊敬する東郷平八郎の書斎を移築したもの。石橋正二郎の業績について知るには、小島直記氏の『創業者・石橋正二郎 ブリヂストン経営の原点』(新潮文庫)がオススメです。

 この人が為政者であれば、どんな統治をしただろうかと、興味が湧いたのでした。

薩摩・島津斉彬、土佐・山内豊信(容堂)らと交遊 海外情報収集の「長崎聞役」設置、西洋の大砲鋳造に着手 真木和泉見いだし、財政危機では自ら倹約

 久留米城跡(久留米市篠山ささやま町)に足を踏み入れたとき、世が世であれば殿様になるべき人の名前を思い出した。

 日本中央競馬会理事長を務め、重賞レース「有馬記念」の由来ともなった有馬頼寧ありまよりやす、映画「兵隊やくざ」の原作である『貴三郎きさぶろう一代』の著者有馬頼義よりちかの二人。「有馬記念」は今に至るも人気のレースであり、「兵隊やくざ」は勝新太郎、田村高広の名演技によってシリーズ化された。明治維新という時代の変革が無ければ、有馬頼寧は14代、有馬頼義は15代の久留米藩主を継承していたはず。

 この久留米城跡には、篠山神社がある。祭神は歴代の久留米藩主だが、頼寧もまつられている。これら祭神のなかでも、第10代の有馬頼永よりとお(1822~1846年)は名君の誉れ高い藩主として知られる。尊皇の志が篤く、筑後川に船を浮かべ南朝の忠臣菊池武光をしのぶほどだった。薩摩の島津斉彬なりあきら、土佐の山内豊信とよしげ(容堂)ら、雄藩名士との交遊もあった。

 弘化元年(1844年)、オランダ国王の開国勧告において、頼永は海外の情報収集のための「長崎聞役ききやく」を設け、藩士に西洋砲術の習得、西洋の大砲鋳造に着手させた。

 さらに、頼永は藩の財政危機においては倹約を実行し、領民への負担を求めず、自ら率先して藩全体での節約に心がけた。

 その藩政改革において頼永の目に留まったのが、真木和泉まきいずみだった。真木は頼永に4部56ヶ条からなる意見書を提出した。頼永は真木の意欲を頼もしく思ったことだろう。

 しかし、残念なことに、この頼永は数え25歳という若さで亡くなる。薩摩島津家から迎えた夫人との間に子供がなく、頼永の弟頼咸よりしげへと藩政は引き継がれた。

 この藩主の急逝は、改革派内の分裂を生じさせ、藩政を批判したとして改革派は弾圧された。これが嘉永5年(1852年)5月に起きた久留米藩の「嘉永大獄」である。

 この「嘉永大獄」に連座し、真木和泉も処罰の対象となった。水天宮宮司の職を解かれ、実弟大鳥居理兵衛の養子先である水田天満宮(筑後市水田)に蟄居ちっきょを命じられた。

 城跡から悠々と流れる筑後川を望み、ブリヂストンの企業城下町と称される市街地を見下ろし考えた。日本を見据えた有馬頼永という藩主が長命であったならば、久留米藩は維新においてどれほどの人材を送り出しただろうか。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。61歳。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載中。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(連載中)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。

水辺で出会いたい野鳥🐦は―― やはりカワセミ 今も昔も「宝石💎」です 大濠公園で動画🎥撮影 早起きは三文の得!?

 「チィー」というさえずりにピンときて、抜き足差し足、そーっと忍び寄ると、確かにいました。

 通勤途中の大濠公園(福岡市中央区大濠公園)。水辺に張り出したこずえの上、間隠まがくれに、長いくちばしとずんぐりとしたシルエットが目に入りました。

 公害のひどかったころを知る世代にとっては、カワセミは「清流の宝石」でした。でも、油山市民の森の小川真樹・自然観察指導員によると、「福岡市内では室見川や樋井川などでも見かけるようですよ」。現代のバードウォッチャーには、「都会の宝石」なのかもしれません。

 「動画、動画」とあたふたとカメラを取り出し、どうにかこうにか、都会の宝石の姿を捉えることに成功。

 せっかく会えたのに、肉眼で見たのはほんの一瞬。あとはカメラのモニター越し。チィー、チィーと鳴きながら、水面をかすめるように飛び去る姿は撮ることができませんでした。

 よし、今度は、自分の目だけに焼きつけよう――。