[ぷちレビュー]花形歌舞伎『鯉つかみ』 片岡愛之助さん会心! 極上のスペクタクルに博多座沸く

 花形歌舞伎『湧昇水鯉滝わきのぼるみずにこいたき 通し狂言 こいつかみ』が福岡市・博多座で好評上演中です。わたくしも開幕2日目の3月4日に観劇しました。歌舞伎の醍醐味だいごみが詰まった爽快なスペクタクルに、観客は見入り、うなり、そして大歓声。文句なし! 極上のエンターテインメントです。

 本作は、次のような物語が展開します。

 志賀の国(現在の滋賀県)。近江の国司・俵藤太秀郷たわらのとうたひでさとは、田畑を荒らす三上山の大百足おおむかで討伐の勅命を受け、琵琶湖の守り神から授かった宝剣・龍神丸りゅうじんまるをふるって見事に退治する。そのころ、琵琶湖中では鯉王りおうの皇子、金鯉きんりが念願かなって竜に変じることになり、祝宴が開かれていた。ところがそこに、退治された大百足の不浄の血が流れ込み、金鯉は身が汚れたため登竜の夢を絶たれる。恨みを募らせる鯉王親子。俵家を末代まで呪い、たたることを強く念じるのだった。それから四百数十年後。京の都。俵家の末裔、釣家はお家騒動の火種をかかえる中、息女・小桜姫が清水寺で出会った滝窓志賀之助に恋をする。しかし、志賀之助は釣家滅亡をもくろむ鯉の精の化身であることが、龍神丸の威徳によって明らかになる。そこに現れたのが、真の志賀之助。琵琶湖に逃げ込む鯉の精を追って行く――。

花形歌舞伎『湧昇水鯉滝 通し狂言 鯉つかみ』

 見どころは何と言っても、片岡愛之助さんの十役早替り。滝窓志賀之助、滝窓志賀之助実は鯉の精、金鯉など主要人物のほか、色男の悪人(色悪)や忠義のやっこ(下僕)といった歌舞伎の典型的な役柄など、善悪男女10人を演じました。早着替えやマジックのような登場で客席を沸かせる一方、一人ひとりの人物像を生き生きとたちあがらせる実力は、千両役者の風格。早替りするたびに、表情以前に顔つきがガラリと変わるのも、さすがの感を強くしました。個人的には、十役のうち唯一の女性、お家騒動の張本人である釣家奥方・さざなみ役が好みでした。徹底した悪女ながら、どこか憎めないおかしみをたたえているのがツボでした。当たり役として上演を重ねてきた愛之助さんは、新場面を加えた今公演について、「作品としてほぼ完成に近づく」と自信を持っているとあって、余裕も感じました。それが舞台の安定感、ひいては観客が無心で楽しめるエンターテインメント性を生み出していました。

 『鯉つかみ』初出演の尾上松也さんは三役をつとめました。冒頭を勇壮に飾る俵藤太秀郷役は力強さや迫真性、美しさが際立ち、観客を作品世界に引き込んで次の場面の愛之助さんにつなぎました。釣家家老・篠村次郎公光役では武士の風格を体現し、元釣家家臣の絵師・又平役では変わらぬ忠義を味わい深く表現。また、昨年11月の新作歌舞伎『あらしのよるに』公演と同様、美麗な立ち姿は舞台に清涼感に似た独特のニュアンスをもたらしました。スター性と言い換えてもいいのかもしれません。

 愛之助さんと共演を重ねる中村壱太郎さんは女方二役。小桜姫はいわゆる「恋するお姫さま」で、滝窓志賀之助に出会い、恋の病になる様子が実にチャーミングでした。豪華で色鮮やかな着物姿は舞台を彩り、流麗な所作はみやびやかなムードをつくり、独特の甲高いセリフ回しは歌うようなリズムを刻みました。中でも、女方らしい後ろ反り姿勢のあでやかさには魅せられました。冒頭に登場する瀬織津媛せおりつひめは女神さまらしく、輝きと重厚さを併せ持っていました。

 愛之助さんをはじめ、それぞれ違う「華」をまとう花形役者の三人。共演による相乗効果により、表現力も魅力もさらに増しているように見受けました。そんな勢いもあってか、それぞれが新たな場面に登場するほか、見得みえを切ったり、見せ場でポーズを決めたりした際には、客席から「松嶋屋っ(愛之助さん)」「音羽屋っ(松也さん)」「成駒家っ(壱太郎さん)」と屋号のかけ声が飛び交い、盛んな拍手が沸きました。

花形歌舞伎『湧昇水鯉滝 通し狂言 鯉つかみ』

館内イヤホンガイドコーナー

 物語の展開は、重厚でありながらリズミカル。多くの老若男女が登場するため、一見複雑そうにみえるものの、骨格はシンプルな勧善懲悪です(有料のイヤホンガイドサービスもあります)。三人の花形をはじめ、役者陣は繊細かつ熱量の高い演技を見せてくれるので、それに引っ張られる形で集中力を保って楽しむことができます。

 その中で、目がくぎ付けになるのはやはり、愛之助さんが披露する「ケレン」と呼ばれる趣向を凝らした演出。このうち、<宙乗り>はアクロバチックな魅力がはじけるとともに、高さと幅を使うことで劇場を立体化。早替りは、他の役者が巧みに入れ替わって“影武者”をつとめる間に別の役柄に変身する<吹替え>など、伝統の技法が光ります。そしてクライマックス。巨大な鯉と格闘し、客席前方まで水しぶきを飛ばす激しい立ち廻りは、江戸の昔からファンを熱狂させてきたとあって迫力満点。愛之助さんの息づかいまで伝わってきます。ちなみにわたくし、前から3列目の席だったので大きな防水用ビニールシートを受け取り、<さぁ、来い>とばかりに前面に掲げて構えました。が、上手かみての位置だったので幸か不幸か、降りかかってきませんでした(笑)。

片岡愛之助 志賀之助

 花道をはじめとする舞台機構も、演目の魅力を引き立てました。特に観客に受けたのは、「スッポン」と呼ばれるせり上がり装置。人ならぬ動物の化身などが登場する際に使われ、幻想的な効果を発揮しました。また、舞台背景の入れ替えも鮮やかでした。いったん引かれた幕が開くと、様式美に満ちた大規模なセットが現れ、その早業にどよめきが起こりました。個人的には、「清水寺花見の場」が目に焼きつきました。極彩色の壮麗な建物に、恋する小桜姫の赤い衣裳が映える空間には、わが国の伝統美が凝縮していました。季節柄、古都への旅情をそそられました。

 三味線や太鼓など和楽器の調べも最上級。板を打って大きな音を出す「ツケ」なども含め、各場面の雰囲気をつくり、支えました。

花形歌舞伎『湧昇水鯉滝 通し狂言 鯉つかみ』

 ところでわたくし、観劇を通して、場内に漂う親密な空気を感じました。舞台側と客席側の、無言の意思疎通を象徴するような……。仕掛け人は愛之助さん。二幕目の冒頭、口上を述べた中で、愛嬌あいきょうたっぷりに次のように語りかけたのです。

 <観客の皆さまには、面白かったら笑っていただき、悲しかったら泣いていただき、いいなと思ったら拍手をしていただきたい。作品というのは、役者同士はもちろん、お客さまとの“キャッチボール”が成立することで出来上がると思っています>

 公演に先立つ取材会でも話していたことなのですが、こうして直接伝えてもらえると、初めて歌舞伎を観劇する人も含め、<それじゃあ、思いっきり楽しもう><遠慮せずに反応しちゃおう>と思えるというもの。愛之助さんのコミュニケーション力の高さ、エンターテイナーぶりには脱帽、です。

 約4時間。『鯉つかみ』の世界に浸りきったせいか、体感的にはあっという間に終幕を迎えました。歌舞伎ってほんと面白い。博多座の空間もイカしてる。あらためて、そう実感したのでした。

 3月24日(日)までの公演期間中、博多座は各所に愛之助さんの等身大パネルを設置し、来場者を出迎えています。エントランスには、「恋の神さま」として知られる恋木神社(福岡県筑後市)の絵馬奉納所を特設。特製の「こい(鯉・恋)つかみ」絵馬を配布しています。絵馬を奉納し、『鯉つかみ』を観劇すれば、恋も成就するかも!?

 片岡愛之助さん、尾上松也さん、中村壱太郎さんの3人は公演初日の3月3日、上演の数時間前に博多駅へ。総合案内所前から博多口まで練り歩いたあと、駅前広場で開催中のイベントに登場し、『鯉つかみ』をPRしました。

片岡愛之助 写真提供:松竹株式会社

片岡愛之助(かたおか・あいのすけ)
 1981年、十三代目片岡仁左衛門の部屋子になり、片岡千代丸を名乗って初舞台。92年、片岡秀太郎の養子となり、六代目片岡愛之助を襲名。時代物から世話物まで幅広くこなし、上方歌舞伎の二枚目をつとめたかと思えば江戸歌舞伎のヒーローを演じたりと、いまや歌舞伎界の期待の星だ。その名を一躍広めたのはテレビドラマ「半沢直樹」。おねえキャラ役が強烈なインパクトを残した。

尾上松也 写真提供:松竹株式会社

尾上松也(おのえ・まつや)
 六代目尾上松助の長男。1990年、歌舞伎座『伽羅先代萩』の鶴千代で初舞台。早くに父を亡くしたが、恵まれた容姿や豊かな表現力で道を切り開き、古典から新作まで次々と大役に挑んでいる。博多座では、2018年11月の新作歌舞伎『あらしのよるに』の山羊やぎ「めい」役で鮮烈な印象を残した。『エリザベート』のルキーニ役など、ミュージカル俳優としても十分な実績を誇る。

中村壱太郎 写真提供:松竹株式会社

中村壱太郎(なかむら・かずたろう)
 1991年、京都・南座で初お目見え。95年、大阪・中座で初代中村壱太郎を名乗って初舞台。『曽根崎心中』のお初など、上方歌舞伎の女方を中心に進境著しく、舞台に気品とかぐわしさを漂わせる。片岡愛之助の相手役としても、数々のヒロインを経験。一方、『桂川連理柵』では、お半と長吉という男女二役を見事に演じ分けた。成駒家の後継者としての資質を示し続けている。

写真提供:松竹株式会社

 観劇料(税込)はA席14,500円、特B席11,000円、B席9,000円、C席 5,000円。公演日程やチケット購入などの詳細は、博多座のホームページ(https://www.hakataza.co.jp/)をご覧ください。

 公演に関するお問い合わせは、博多座電話予約センター(092-263-5555、10時~18時)へ。

<舞台写真はいずれも博多座提供>

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