第33回「平野神社」(福岡市) 中央区今川 <我が胸の燃ゆる思いに~> 薩摩藩を慨嘆、平野國臣の歌

一筆啓上

 平野國臣くにおみを祭神とする平野神社は鳥飼八幡宮(福岡市中央区)の近くにある。鳥飼八幡宮に参拝されたならば、ぜひ、立ち寄っていただきたい。

平野神社

 この社は平野國臣生誕地跡に設けられた。その境内でひときわ目立つのが「平野國臣君追慕碑」だ。この碑の裏面に目を転じると、金子堅太郎が顕彰文を書いたことがわかる。

 金子堅太郎とは、初代内閣総理大臣・伊藤博文の側近中の側近であり、伊藤らとともに大日本帝国憲法を考えた人として知られる。明治37年(1904年)に起きた日露戦争では、アメリカの協力を得るためハーバード大学の同窓生であるルーズベルト大統領の下に派遣された。

 この金子も、平野と同じく福岡藩の下級藩士だった。どころか、ある時、いたずら坊主の平野が野壺のつぼ(畑の肥料として糞尿(ふんにょう)をためておく容器)に落ちた。それを聞いた金子の祖父・弥平は急ぎ風呂を沸かして平野の急場を救った。平野家、金子家は、古くから「クサイ仲」だった。そのためか、碑文に記す金子の文体は肩の力が抜けたものとなっている。

 明治新政府における金子の躍進ぶりは目を見張るものがある。きっと、平野も存命であったならば、大いにその力量を発揮したことだろう。

 なお、この碑文が書かれた大正4年(1915年)の頃といえば、ヨーロッパでは第一次世界大戦の最中だった。北米大陸では日本人を排斥する法案が通過するなど、国際社会が騒然としていた。追慕碑が立てられた背景には、平野の国を思う気概、行動に世相が反応した結果ではないかと想像する。

「幕府滅亡・国家統一」唱える國臣 島津久光を説得も不発 「一君万民」は明治維新で実現

<我が胸の燃ゆる思いに比ぶればけむりはうすし桜島山>

 これは、「おいどん」こと新海一八が、女にれたと告白した際、口にした歌だ。尾崎士郎の代表作『人生劇場』青春篇で、この朴訥ぼくとつな薩摩男児が恋心として唱えたことから、恋の歌として広まった。早稲田大学第二校歌の口上でも吟じられる。しかし、本来は、倒幕に踏み切れない薩摩藩を慨嘆した平野國臣くにおみの歌。

 その平野の思いを刻んだ歌碑は國臣をまつる平野神社にある。神社は福岡市中央区今川1、地行交差点に近い。歌碑は社殿脇にあるが、他の顕彰碑に埋もれた感がある。信号待ちの車中の人も、通行人も、関心を示さないのが残念。

 安政5年(1858年)7月、薩摩藩主の島津斉彬なりあきらが急死。同年11月、西郷隆盛は勤皇僧月照と錦江湾に入水。現場に居合わせた平野の驚き、落胆はいかばかりだったろうか。

 斉彬没後の薩摩藩の実権は島津久光が握った。朝廷と幕府の融合を目指す「公武合体」派。國臣が唱える「幕府滅亡・国家統一」という考えとは、真っ向から対立する。それでも、倒幕には薩摩の力が無くては実現しない。久光を説得するため、再び、平野は薩摩入りをした。しかし、早々に追い返される。その悔しさを歌に詠んだのが冒頭の「我が胸の…」である。

 平野にとっての、もう一つの倒幕の目的は、平等社会の実現にあった。平野の父は福岡藩の武術師範だが、武士としての階級は低い。武道場では師弟関係にあっても、一歩、道場を出れば立場は逆転。どれほど武術によって功績をあげようが、出世は不可能。これほど矛盾した世界は無い。この現実から、朝廷の下、全ての人は平等であり、能力によって高い地位につける理想社会実現を目指すことになる。これが、平野の説いたもう一つのスローガン「一君万民」である。

 この平野が説いた「一君万民」によって出世を遂げた人物がいる。金子堅太郎(1853~1942年)である。金子は、農商務大臣、枢密顧問官など明治新政府の要職を経た人物。平野の家と同じく、福岡藩の下級武士の出身。維新後の「四民平等」によって、いかんなく、その能力を発揮した。

 後年、金子は米国ハーバード大学に留学し、アメリカ大統領ルーズベルトと同窓生となった。これが機縁となり、日露戦争を勝利に導いたのだった。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から2018年12月まで読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(2017年6月~2018年12月)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
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