第31回「街道の駅 赤馬館」(宗像市) 出光佐三の生家近く 五卿の和歌、早川勇の書など多数遺る

一筆啓上

 第12回で紹介した「旧御茶屋跡之碑」を取材している時、携帯電話に初めて見る番号が表示された。こういったことは日常なので、すぐさま「もしもし」と会話を始める。相手は、以前、福岡県福津市にある東郷神社の祭礼でお会いした方だった。

 「赤馬館に、幕末維新に関係するものがあります」

 読売新聞の福岡県地域版の連載「維新秘話 福岡」を読んだとしての電話。「赤馬館」のボランティアガイドをされている伊豆幸次さんだった。

 JR鹿児島線教育大前駅近くの旧唐津街道赤間宿「赤馬館」を訪ねた。伊豆さんは、赤馬館に展示されている、貴重な資料を紹介してくださった。早川勇が西郷隆盛を顕彰した漢詩の書、三條実美さんじょうさねとみら五卿を迎えた際に地元の人々がいただいた短冊など。それが、「維新秘話 福岡」の第31話として書いた内容になる。

JR鹿児島線教育大前駅

 旧唐津街道赤間宿は、出光佐三の生家があることでも知られる。小説や映画によって出光佐三の功績にスポットがあたった。しかし、明治維新の原動力となった福岡藩筑前勤皇党の功績を知る資料がのこっていることも広まってほしい。赤馬館を訪ね、そう思ったのだった。

地元庶民、雅やかな五卿を歓迎 攘夷、佐幕関係なく 供応してお礼に墨書受け取る

 話には聞いていたが、これほど多くの墨書がのこっているとは想像もできなかった。尊攘そんじょう派公卿の三條実美さんじょうさねとみをはじめとする五卿が詠んだ和歌、早川勇の書簡に書。なかでも、西郷隆盛をたたえる畳一枚ほどもある早川の書は、重厚な中に西郷に対する崇敬すら感じる。

 これらの書が展示されているのは旧唐津街道赤間宿の「赤馬館あかまかん」である。JR鹿児島線教育大前駅から旧街道を道なりに進む。県道29号を越えた先も旧街道だが、風情のある街並みが続く。今では、小説『海賊とよばれた男』で有名になった出光佐三いでみつさぞうの生家があることで知られる。その出光の生家跡を過ぎた右手に「赤馬館」はある。

 赤間なのに赤い馬の「赤馬館」と示されていることに不思議を感じる。これは日本書紀、古事記に登場する神武天皇がこの地を訪ねた際、赤い馬に乗った神様が出迎えに現れたという伝説に基づく。世界文化遺産に登録された宗像大社にも近い赤間地区ならではの話に、興味をそそられる。

 この「赤馬館」に多くの書が遺ることを知らせてくれたのは、伊豆幸次さんだった。伊豆さんは唐津街道赤間宿観光ボランティアガイドをされている。福津市の東郷神社の祭礼で知り合ったが、本紙の「維新秘話福岡」の連載が始まって間もなく、「赤馬館」に五卿、早川勇などの書が遺っていると電話をいただいた。

 赤間に五卿の書が多く遺るのは、地元の人々が五卿を歓迎した証しである。慶応元年(1865年)1月18日、赤間に到着した五卿だが、福岡藩保守派の扱いは罪人同様。しかし、みやびな都人が赤間宿を訪れることは初めて。攘夷じょういも佐幕も、政治的なことなど庶民には理解が及ばない。福岡藩保守派の意向とは裏腹に、人々はこの機会に家宝を得ようと五卿を供応し、お礼に墨書をいただいたのだった。それが、「赤馬館」に遺る和歌の短冊や色紙になる。

早川勇書 展示品の西郷隆盛を称える早川勇の書には、読み下しの解説文が付いていた。

 「天は英傑を世に出して、立派に終わりをまっとうさせたいと思い、ずは、英傑にゆきなやむ困難をもたらして艱難かんなん辛苦させることを切望するものです。」

 早川の西郷観、人間関係がうかがえる。

 また、「薩長同盟は坂本龍馬の功とされるが、その下地を作った加藤司書、月形洗蔵、早川勇ら筑前勤皇党、その働きが大きかった」――との文には、大きくうなずいた。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から2018年12月まで読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(2017年6月~2018年12月)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
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