第30回「五卿西遷之遺跡」碑(宗像市) 赤間の県道沿い 長州から福岡へ 尊攘派公卿・三條実美ら滞在

一筆啓上

 取材で福岡県内を歩いていて不思議に思うことがあった。

 それは、維新史に関する史跡がいくつもありながら、系統立っていないこと。

 「なぜだろう?」

 その原因は、小倉藩、福岡藩、久留米藩、柳川藩などの主要な藩が、明治以降、行政区分によって細分化されていることだ。さらに、平成の時代になり、合併が繰り返されたことも加わった。

 自然、歴史認識に対する地域差、温度差が生じる。

 今回の「五卿西遷之遺跡」碑も旧福岡藩領でありながら、現在の行政区分は宗像市になる。宗像市は歴史遺産として認識しているが、旧福岡藩領である福岡市、北九州市との連携は民間レベルにとどまっている。

 三條実美さんじょうさねとみら五卿が赤間宿(現在の宗像市)に入る前は黒崎宿(現在の北九州市八幡西区)にいた。次に移動したのは太宰府天満宮の延寿王院(現在の太宰府市)になる。それこそ、「福岡県幕末史サミット」を開催し、各首長が一堂に会していれば……。残念に思えてならない。

 取材中もそうだったが、「福岡県に明治維新に関する歴史があったとは、まったく、知らなかった……」との声が寄せられる。維新の中心は福岡県だった。Akasakatamonから発信することで、福岡県の維新史に注目が集まることを強く願っている。

筑前勤皇党が画策 拒絶の高杉晋作を早川勇、月形洗蔵が説得、西郷隆盛に引き合わせる 薩長同盟の萌芽――

 JR鹿児島線教育大前駅を降りると、「旧唐津街道」「赤間宿」と彫られた木柱が目に入る。緩やかな下り坂の両脇には、旧街道の面影が残る街並みが続く。往時は小倉、福岡間の飛脚の中継所、宿場町として随分とにぎやかな場所だったという。その旧街道沿いの法然寺ほうねんじ門前を過ぎて右手、県道29号に面して「五卿西遷之遺跡」碑がある。この碑は、この赤間宿に尊攘そんじょう派公卿の三條実美さんじょうさねとみら五卿が滞在したことを示すもの。

 文久3年(1863年)、「八月十八日の政変」で三條らは都落ちをし、長州にとどまっていた。元治元年(1864年)の「禁門の変」で幕府は、朝敵として長州藩を討伐しようとした。幕府に命じられた諸藩の軍は長州を取り囲んだ。

 諸外国が日本に押し寄せるとき、日本国内で内戦をする余裕はない。一致団結、国難に対処しなければならない。そう考えた筑前勤皇党は、幕府軍の解兵、五卿の福岡藩への移転を画策した。幕府ににらまれたくはない長州藩俗論党も、五卿には早く出て行ってほしかった。

 ただ、長州藩俗論党と対峙たいじする高杉晋作らは、五卿の福岡藩移転を拒絶した。その高杉を説得したのが、早川勇、月形洗蔵だった。

 早川、月形は五卿護衛役の中岡慎太郎を西郷隆盛に面会させ、西郷と高杉とをひそかに引き合わせ、五卿の移転、薩長筑同盟、倒幕の密議を開いた。この会談は、ある意味、薩長同盟の萌芽ほうがと言っても過言ではない。西郷、高杉の会談は元治元年12月11日、馬関(山口県下関市)の対帆楼たいはんろうでのことと伝わる。

 慶応元年(1865年)1月18日、三條たち五卿は赤間宿の福岡藩のお茶屋に到着した。しかし、ここで三條たちは思わぬ苦難を強いられる。福岡藩の政権は幕府に恭順を示す佐幕派が握っていた。お茶屋の部屋には鍵をかけられ、竹矢来が組まれ、まるで罪人扱い。従来「公家衆」と呼ばれていた五卿は「五人のやから」と呼ばれ、供される食器も賓客用の白木ではなく、旅人用のものだった。

 この事態を知った西郷隆盛は福岡藩重臣に直談判し、ようやく五卿の待遇は改善された。五卿を福岡藩へ迎える交渉をした早川、月形も、この間、生きた心地がしなかっただろう。

 五卿が太宰府天満宮・延寿王院に向かったのは、同年2月12日のことだった。

 なお、お茶屋があった場所は、現在の宗像市立城山中学校グラウンドになる。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から2018年12月まで読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(2017年6月~2018年12月)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
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