第28回「石堂川の関所跡」(福岡市) 博多区中呉服町 高杉晋作、商人装い関所通過 対馬藩蔵屋敷に再潜入

一筆啓上

 西南戦争時、薩軍が落とせなかった熊本城。加藤清正の築城の技術力には驚くばかりだ。

 その加藤清正から「築城の名手」とたたえられたのが、初代福岡藩主の黒田長政だった。現在の大濠公園(福岡市中央区)は博多湾に続く入江だったが、堀に仕立て、福岡城を天然の要塞にした。

 同じく、有事に備え、石堂川(現在の御笠川)の西岸沿いには寺を並べた。その役割を果たした一行寺、海元寺周辺を探索している時、電柱に史跡を示す看板を発見。読んでみると、長州藩に帰藩するため高杉晋作が石堂橋を渡ったという。

 「ふーん、高杉がこの橋を渡ったのか……」

 「しかし、なぁ……」。疑問が沸き起こる。

 福岡藩に亡命し、長州に帰る高杉ならば、野村望東尼の平尾山荘から直接に対馬藩邸に入ったはず。

 それが、なぜ、再び対馬藩邸に?

 理由は、一度は福岡を離れた高杉だったが、再び、福岡に戻らねばならない用事ができたからだった。

 「なるほど、なるほど……」と納得し、スリル満点の高杉の辿たどった道を歩いた。

 ちなみに、高杉は太宰府天満宮の祭神である菅原道真を崇敬していた。自身の変名に谷梅之助、息子には梅之進と、道真がでた「梅」を用いている。自作の漢詩にも、「菅相公」「天拝の峰」など、道真に縁の言葉を織り込むほどの「道真オタク」。

 なお、高杉は現在の博多区大博町の浜に出て、対馬藩邸を目指して一目散に走った。その走ったルート上に「立石ガクブチ店」の裏口がある。先述の高杉の史跡を示す電柱看板を取り付けた店である。

 「断りなしに、高杉はウチの裏を通って逃げたとですよ……」

 店主の立石さんがカラカラと笑いながら語ってくれたのが印象的だった。

立石ガクブチ店

長州報国隊の野々村勘九郎と合流 海路で長州・馬関に帰着 挙兵へ

 筑前福岡に亡命した高杉晋作だったが、長州での挙兵を決意して帰藩の途についた。しかし、途中で長州報国隊の野々村勘九郎が博多に向かったことを知り、後を追いかけた。高杉は博多への入り口に近い、水茶屋「若松屋」に潜み、対馬藩蔵屋敷へ再潜入する機会をうかがっていた。

 今回、高杉が再潜入で通過した石堂川(現在の御笠川)の関所跡周辺を歩いた。関所跡は博多区中呉服町の御笠川にかかる石堂橋、現存する一行寺、海元寺が目標となる。寺の前の電柱には高杉が関所を通過したとする案内看板が付いている。

 高杉は、夜になって石堂川東岸沿いの若松屋の提灯ちょうちんを下げて関所に入った。そのそばを筑前勤皇党の瀬口三兵衛が歩く。それはまるで、若松屋の使用人が武士を道案内するかのよう。石堂川西岸には、遊郭の旧柳町があり、遊び人を案内する風にしか見えない。これには、関所の役人も含み笑いしながら見送ったことだろう。

 この時、高杉は野村望東尼から贈られた商人風の印半纏しるしばんてんを身にまとい、背中には若松屋の幼女を負ぶっていた。高杉が若松屋に隠れているとき、なついて離れなかった子供だ。意図せず、この偶然が功を奏した。

 ところで、長州を脱出する直前、高杉には男児が誕生していた。つい、幼女に我が子の姿を重ね合わせたのだろう。高杉亡命時の変名は谷梅之助だが、息子の梅之進からとっている。

 無事、関所を通過した高杉、瀬口は柳町の遊郭「梅が」に繰り込んだ。ここで、豪快に遊蕩ゆうとう三昧したが、疑いの目を避けるための演技なのか、遊びであったのかはわからない。

 旧柳町の「梅が枝」があった場所は、現在、福岡市立特別支援学校「博多高等学園」がある。ここにも電信柱に案内看板があるので、確認は容易。学園裏手は御笠川に面しているが、高杉も「梅が枝」裏手から小舟で川を下り、現在の博多区大博町たいはくまちに面した浜に出た。ここからは猛ダッシュで対馬藩蔵屋敷に駆け込んだ。つい数日前、送別のうたげを開いたばかりのところに高杉らがなだれ込み、蔵屋敷も大変な驚きだったろう。

 元治元年(1864年)11月23日頃、野々村勘九郎と合流できた高杉は船で馬関(現在の山口県下関市)へと急いだ。無事に、11月25日頃、帰着したという。

 「まことにまことに、日本第一の人」と望東尼は高杉を絶賛した。その日本一の男が歩いた道は、まことにスリルに満ちていた。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から2018年12月まで読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(2017年6月~2018年12月)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
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