第27回「常盤館跡碑」(福岡市) 博多区千代 亡命の高杉晋作、潜伏して再入国の機会窺う

一筆啓上

 偶然なのか、必然なのか。

 高杉晋作が隠れていたという水茶屋の「常盤館」は、後年、辛亥革命の孫文も亡命中にかくまわれていた場所と伝わる。

 さらに、この孫文をヒト、モノ、カネで全面的に支援した玄洋社のメンバーも、この常盤館を利用していた。

 西南戦争後、山口の監獄から釈放された頭山満らが祝宴を張り、政財界の人々が集い、さらには、先述の孫文が中華民国を建国し、来福した際の歓迎会も開かれた。

 その常盤館の跡碑が福岡市博多区千代2丁目にあるのは知っていた。

 しかし、これが、実に分かりづらい。幕末史、近代史、さらには中国革命の史跡として訪ねてきた遠来の方々は「分からない。見つからなかった」と口にされる。地元の地理に詳しい人の先導がなければ、容易には発見できない。今もって、なぜ、これほど見つけにくい場所に碑があるのか、不明。

 早稲田騒動(現在の早稲田大学での紛争)の指導者で小説家として名をのこす尾崎士郎は、朝日新聞に「高杉晋作」を連載していた。その際、現地調査のため東公園の常盤館と山口とを往復したと『私学校蜂起』(西南戦争に関する小説)のあとがきに記している。

 尾崎が「常盤館」に腰を据えたのは、亡命者高杉の心境を知りたかったからなのか、博多の風土が気に入っていたからなのかは、知らない。

 いずれにしても、再開発の波に襲われる前に確認しておいたが無難であるのは間違いない。

江戸時代は「若松屋」と呼ばれた水茶屋 座敷には逃走できる仕掛け 筑前勤皇党・月形洗蔵からの連絡待つ

 亡命者が潜んでいた場所とはいえ、それを示す石柱まで隠れることはなかろうに。高杉晋作が隠れたと伝わる「常盤館跡碑」を見て、思った。

 碑は福岡市博多区千代2にある。市営地下鉄「千代県庁口」の1番出口から徒歩数分。天神からなら明治通りを県庁方面に進み、御笠川を越えた右手のガソリンスタンドが目標。その隣のビル1階の外壁沿いにあるのだが、物陰にひっそりたたずんでいるので簡単には見つからない。

 江戸時代、「若松屋」と呼ばれた水茶屋は、明治になり「常盤屋」と屋号を変え、その後、「常盤館」と名を改めた。いずれにしても、酒食を楽しむ茶屋であったことに変わりはない。

 しかし、この茶屋の座敷には仕掛けがあり、床の間の掛け軸の裏には人が通り抜けられる隙間が設えてあった。身長1メートル60ほどの高杉にはうってつけの隠れ場所。高杉は、この茶屋で筑前勤皇党の月形洗蔵からの連絡を待っていたが、危険を察知すればいつでも逃走できるように構えていたのだろう。

 ここで、当時の高杉の筑前福岡亡命の足跡をたどると、馬関(山口県下関市)から博多区須崎町にあったという石蔵屋に入り、佐賀県鳥栖市にあった対馬藩の飛び地である田代代官所に向かった。そして、平尾山荘(福岡市中央区平尾)への潜伏である。ところが、平尾山荘に向かう前に潜伏した茶屋が「若松屋」との説がある。なぜ、何の目的で、この「若松屋」に潜伏したのかが不明だった。

 実は、平尾山荘に向かう前ではないという概要が分かったのは、筑前勤皇党の早川いさむの存在だった。

 元治元年(1864年)11月21日頃、高杉は対馬藩蔵屋敷で長州帰藩の宴に臨み、早川の自宅がある宗像に到着したと伝わる。この時、長州藩報国隊の野々村勘九郎が博多に向かったことを知る。奇兵隊と関係が深い野々村から情報を引き出そうと、再び博多に逆戻りしたのが真相だった。宗像では、有名な話という。

 しかし、筑前福岡を出た者が、再び石堂川(現在の御笠川)の関所を通過するのは至難のわざ。そこで、「若松屋」で再入国の機会をうかがっていた。同時に、身辺を庇護ひごしてくれる月形からの連絡を待っていたのだった。

 現代のような通信手段がない中、待つ者、待たせる者、互いに心中は穏やかでなかったのは想像に難くない。目につきにくい場所に碑があるのも、亡命者を匿ったという由来からなのかと、苦笑いした。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から2018年12月まで読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(2017年6月~2018年12月)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
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