第21回「遍照院 高山彦九郎の墓」(久留米市) 「寛政の三奇人」のひとり 尊皇論説いて全国遊歴 「狂」の言葉遺して自刃 今も全国から参拝者

一筆啓上

 西鉄久留米駅を降りると、高山彦九郎の墓所を示す看板に出くわす。それほど、多くの参拝者が久留米を訪れている証拠と言える。実際に、高山彦九郎の墓所備え付け台帳のページをめくると、日本全国、特に関東在住の方の記帳が多い。

 高山彦九郎の生涯については、謎が多い。なぜ、あれほどまでに日本全国を歩き回ったのだろうか。彦九郎を主人公にした歴史小説『彦九郎山河』(吉村昭 著)を読んでも、旅日記にも似た印象を受ける。

 さらには、なぜ、終焉しゅうえんの地として久留米を選んだのだろうか。

 久留米における彦九郎の交遊関係では、権藤寿達、森嘉膳の両名は外せない。特に、権藤の系譜に連なる交遊関係をみていくと、亀井南冥、廣瀬淡窓という儒学者に始まり、真木和泉、平野國臣という幕末維新の志士に連なる。

 さらに、寿達の曾孫・権藤成卿からみると、大川周明、安岡正篤、亀川満太郎、西田税、三上卓、四元義隆ら、近現代の事件に登場する人物が出てくる。明治維新150年ということで幕末史が注目される中、彦九郎からは「昭和維新」を標榜した人々にまで連なる。

 脈々と、現代にまで続く思想の系譜の源泉はどこにあるのか。

 様々な仮説をたてて考えているが、謎が謎を呼ぶばかりで迷路を突き進んでいる。

 ちなみに、彦九郎の墓所がある遍照院墓地には、歴史事件に関わった人々の墓碑などがある。じっくりと見てまわると新しい発見があります。

上野国出身も終焉の地に選んだのは久留米 朱子学・崎門学派の同門、権藤寿達、宮原桑州らに意思託したか

 久留米市寺町の遍照院へんじょういんを訪れた。ここには「寛政の三奇人」のひとり、高山彦九郎の墓があるからだ。墓前備え付けの記名帳を見ると、群馬県太田市など、関東一円からの来訪者の名がある。彦九郎は上野国こうずけのくに新田郡(現在の群馬県太田市)出身。寛政5年(1793年)、この久留米の地で亡くなった。しかし、没後220年余が経過しても彦九郎を慕う方がいることに驚く。

 反面、現代日本での評価は京都・三条大橋での「土下座」像の人と語られる。皇居を望拝ぼうはいしているのだが、彦九郎の生涯を思うと、誤解も甚だしい。彦九郎も無念ではないだろうか。

 彦九郎は天皇親政、王政復古という尊皇論を説いて全国を遊歴した。乱世には、武者修行として天下を周遊し、読書にも勝る識者との交わりをすべきという考えからだった。彦九郎とともに「奇人」と呼ばれた林子平はやししへいは海防論、蒲生がもう君平くんぺいは尊皇論と海防論を説いた。いずれにしても、この「寛政の三奇人」は幕府から忌避される存在であった。

 しかし、この彦九郎の奇人ぶりは、全国遊説だけでなく、「狂」という言葉をのこして自刃したことにある。天皇親政に向けて自身の努力が足りなかった。ゆえに、天から見放されても仕方がないとの自責の念だった。

 この彦九郎の勤皇思想を継いだのが真木まき和泉いずみ。天保13年(1842年)には、彦九郎没後五十年祭を執り行った。さらに、真木の盟友である筑前福岡の平野國臣は、彦九郎の墓前に灯籠を寄進した。安政5年(1858年)に建てられたという灯籠を確認すると、こけに覆われた下に「平野次郎」(平野の本名)の文字を認めることができる。

 彦九郎が自決したのは、遍照院の近く、知人の儒医森嘉膳かぜんの家だった。現在も、その跡地は史跡として大事に遺されている。しかし、なぜ、久留米の地を選んだのか。

 その鍵は『靖献遺言せいけんいげん』という幕末志士の聖典にあると考える。江戸前期の儒者山崎闇斎やまざきあんさいを始祖とする朱子学一門を崎門学きもんがく派と呼ぶ。その一門の浅見あさみ絅斎けいさいが著したのが『靖献遺言』だ。幕府を刺激しないよう、中国の実在の人物をモデルにし、異民族支配にあらがう忠臣の生涯を描いた一書。

 この久留米の地には、崎門学派の門人として森嘉膳に彦九郎を紹介した権藤寿達、真木和泉の儒学の師宮原桑州そうしゅうらがいた。彦九郎は、久留米の同門ならば、自身の意思を確実に引き継いでくれる。そんな思いを抱いていたのではないだろうか。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から2018年12月まで読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(2017年6月~2018年12月)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
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