第20回「水田天満宮 山梔窩」(筑後市) 久留米藩「嘉永大獄」で蟄居の真木和泉、10年滞在 多くの門弟育て、勤皇の志士輩出 

一筆啓上

 維新に関する史跡を歩いていて、天満宮を介しての情報ネットワークが構築されていることに気づく。

 太宰府天満宮の延寿王院は「維新の策源地」と言われる。ここを基点に情報網が伸びている。それは、現代も、久留米・水天宮境内の真木神社脇に太宰府天満宮の名を刻む銅板があることから、水天宮と太宰府天満宮との関係性が見えてくる。

 この情報網は真木和泉が意図的に仕掛けたのか、偶然なのかはわからない。真木家は貧しく、口減らしとして水田天満宮、太宰府天満宮社家の小野加賀家にと弟たちを養子に送り出した。

 久留米藩の内訌(内紛)に関係したことから、真木和泉は謹慎処分を言い渡された。江戸時代、謹慎処分では親族が監視役を務める。そこで、弟の大鳥居理兵衛が宮司を務める水田天満宮で真木和泉は謹慎生活を送る。

 謹慎処分と言いながら、真木和泉の才能を求めて訪ねてくる志士たちは多かった。水田天満宮参拝という口実で志士たちは訪れ、祈願の札に密書を忍ばせ、真木和泉に届けていたのではないだろうか。

 その水田天満宮を訪ねた時、「良縁祈願」の女性たちを多く目にした。末社の「恋木神社」のネーミングから良縁祈願の聖地となったようだ。天満宮は情報ネットワークの基点。この地から、太宰府に久留米にと「良縁」が広がる様を想像したのだった。

 ちなみに、水田天満宮ではピンクのハート型の餅が売られている。どこか、買い求めるのが気恥ずかしく、口にできなかったのは残念。

 なお、恋木神社については、新刊『奉納百景』(小嶋独観著、駒草出版)の26~28ページに写真つきで紹介されている。

当時の宮司は実弟・大鳥居理兵衛 倒幕計画頓挫の真木和泉らに続き捕縛され、送還途中に自決 実兄やその門弟に累が及ばないよう配慮か

 一瞬、場違いなところに来たのでは……と思った。筑後市の水田天満宮を訪ねると、若い女性が目立つ。ここは全国でも珍しい恋愛成就の神様「恋木神社」があるからだが。拝殿前の「水田天満宮・ようこそ勤王の志士 明治維新発祥の里へ」と記された標柱があることで、やはり、維新関連の史跡なのだと安堵あんどする。

 この天満宮は、久留米藩の「嘉永大獄」に連座し、蟄居ちっきょを命じられた真木和泉まきいずみがいたところ。実弟の大鳥居理兵衛が宮司を務めていたが、いわば、理兵衛が実兄の真木を監視する役目を負わされていた。

 その真木の滞在は、およそ10年の長期にわたった。天満宮そばに平屋の藁葺わらぶき住居「山梔窩さんしか」を構えた。別名「くちなしのや」と呼ばれ、口を慎むという真木の意思が込められている。四畳半と三畳ほどの2室きりだが、ここで、真木は多くの門弟を育てた。

 近在の青少年に対し、学問を授け、撃剣、相撲という身体の鍛錬も義務付けた。「山梔窩塾規」を定め、塾生の生活態度、塾内の立ち居振る舞いにまで注意を払った。塾生は、庄屋、村役人、神職の子弟であり、武士階級ではない。しかし、武士同様の教育を受けた彼らは、のちに維新運動に身を投じる。

 山梔窩に集まったのは、青少年だけではない。福岡藩の平野國臣、出羽(現在の山形県)の清川八郎、熊本藩の宮部鼎蔵みやべていぞうら勤皇の志士たちもいた。真木の広い学識と思想にかれたからだが、とりわけ、平野國臣は蟄居中の真木の手足となり、国内外の情勢を伝える役目を果たした。

 嘉永6年(1853年)にペリーが浦賀に来航。安政5年(1858年)、幕府は日米修好通商条約を締結。無為無策の幕府の対応に憤り、真木は失政をただすとして行動に移った。

 文久2年(1862年)2月、真木は久留米藩を脱藩。塾生たちを従え薩摩へと向かう。薩摩藩との共闘を考えたが、島津斉彬なりあきら亡き後の薩摩藩は混乱していた。京都では、薩摩藩の内紛である「伏見寺田屋騒動」に遭遇。計画は頓挫し、真木たちは久留米に送還された。

 真木に先行して上京した大鳥居理兵衛も捕まり、送還途中に自決した。実兄や塾生に累が及ばないようにとの配慮と思える。水田天満宮は真木の蟄居先として注目が集まる。しかし、真木を支え犠牲となった理兵衛にも思いを寄せてほしい。境内の華やかな雰囲気を見ながら思うのだった。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載中。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(連載中)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
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