第18回「水天宮」真木和泉の銅像(久留米市) 筑後川河畔の全国総本宮 広い視野持ち行動する思想家 「禁門の変」で決起、同志とともに自刃

一筆啓上

 明治維新150年にあたり、幕末史に関する新刊が刊行されるなか、復刊されたものもあった。その1つが村上一郎の『幕末 非命の維新者』(中公文庫)。

 これは、初出が昭和43年(1968年)であり、今から50年前のことである。この頃、世の中は「明治100年」として、記念行事などが盛んだった。村上の『幕末』もその関連として、注目を浴びたのではないだろうか。

 この『幕末』には、大塩平八郎、橋本左内、藤田幽谷、藤田東湖、藤田小四郎、真木和泉守、佐久良東雄、伴林光平、雲井竜雄の9人を取り上げている。

 ただ、この中で、真木和泉守に対してだけは、辛辣しんらつである。このため、真木に対する評価が低いとして批判を浴びたと「文庫本の刊行にあたって」の一文に記されている。

 さらに今回、復刊された文庫本には、渡辺京二氏の解説があった。

 そこには、「僕は九州の人間は信用しません」と即答で村上から拒絶された思い出がつづられていた。氏も村上の一言に面食らったのではないか。この件から、九州人は軽薄と村上が思い込んでいた節がうかがえる。何が、そうまでして、村上を九州人嫌いにしたのかは不明。

 昭和45年(1970年)11月25日、三島由紀夫が自決した。

 生前の三島は村上が著した『北一輝論』を絶賛した。

 そして、その村上は、昭和50年(1975年)3月29日、三島の後を追うかのように自刃した。

 「僕は九州の人間は信用しません」と断言した村上だが、三島が西郷隆盛に心酔していたことを知って衝撃を受けたのだろうか。

 明治維新150年の今年、「西郷さん」が注目を浴びた。

 存命であれば、村上は九州人に対し、どんな評価をしたか、知りたいと思った。

絵・空鳥ひよの

維新史に欠かせぬ真木和泉 決起は天下に喚起促す「義挙」ではなかったか 久留米藩主・有馬頼徳が江戸藩邸に祀った水天宮、今も安産の神様として人気

「情け有馬の水天宮」

 これは、地口という庶民の言葉遊びとして伝わるもの。第9代久留米藩主の有馬頼徳よりのりが江戸藩邸に水天宮をまつり、江戸っ子の参拝を許したことから親しまれた。現代に至るも、東京の水天宮は安産の神様として人気が高い。

 その水天宮の全国総本宮は久留米市の筑後川河畔に鎮座する。本来は水難除けの社だが、休日ともなると、境内は安産祈願、初宮参りの人々でにぎわう。しかし、第22代宮司を務めた真木和泉の銅像周辺は閑散としている。真木は維新史に欠かせない志士だが、人々の関心が向かないことが残念で仕方ない。

 真木は、元治元年(1864年)7月19日の「禁門の変」で決起した。長州藩の久坂玄瑞くさかげんずい来島又兵衛きじままたべえとの軍議の末の行動だったが、敗れてのち、同志16名とともに自刃した。その際、自身の髪一束を京都・天王山の土中に埋め、辞世の句を詠んだ。

<大山の峰の岩根に埋めにけり わが年月の大和魂>

 外国勢力の駆逐を主張する長州と行動をともにしたことから、真木は頑迷な攘夷論者と思われがち。しかし、安政の大獄の頃に著した『経緯愚説』には新国家の枠組みが示され、外国事情にも精通していたことがわかる。それには、「言路を開くこと」「旧弊を破る事」などが記され、明治政府の基本方針である「五箇条の御誓文」の原型であったことが読み取れる。

 さらに、嘉永6年(1853年)のペリー来航、ロシアのプチャーチン来航に際しては『異聞漫録』を著し、押し寄せる海外勢力との外交の在り方にまで言及している。神官であることから国学、神道、和歌に通じるのは当然としても、儒学、漢詩にも詳しく、西洋の学問である蘭学にまで及んでいる。

 この蘭学については、水天宮境内の「工藤謙同先生碑」に工藤が真木に蘭学を教えたと記されている。真木が国防開国論者の佐久間象山を朝廷に推挙した背景には、シーボルトの弟子であった工藤との出会いがあった。

 真木和泉の背景を知ると、「禁門の変」での決起は幕府の失政を糾弾し、天下に喚起を促す「義挙」ではなかったかと思えてくる。真木の銅像を見上げながら、行動する思想家として再評価すべきだと考えた。

 ちなみに、真木の実弟は太宰府天満宮の社家(文人もんにん)小野加賀家に養子に行き、小野加賀として三條実美さんじょうさねとみら五卿滞在に関わった。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。61歳。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載中。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(連載中)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
広告

コメントをどうぞ