第17回「高良山」(久留米市) 都落ちの五卿・東久世通禧ら登る 官位復活・帰洛内定の直後 倒幕に向けた拠点確認の一環か

一筆啓上

山路やまみちを登りながら、こう考えた。

智に働けば角が立つ。

情にさおさせば流される。

意地を通せば窮屈だ。

とかくに人の世は住みにくい。

 高良山(福岡県久留米市)の急な坂を登っているとき、ふと、漱石の『草枕』の冒頭を思い出した。漱石のように徒歩ではなく、呑気のんきにクルマの座席でのことだが。

 太宰府天満宮・延寿王院に滞在中の三條実美をはじめとする五卿たちは、頻繁に山に登り、主要な街道の宿場を確認している。時には、新式の西洋銃砲の訓練まで。

 そんな五卿たちが参拝目的で登った高良山には、いったい、何があるのだろうか。

 行ってみて、「なるほど!」と思った。高良大社の展望台からは素晴らしい眺望が開けている。さらに、もともと、高良山は山城だった。有事の際には要塞になる。幕府の天領・日田の状況確認もできる。五卿らは、その確認に来たのか……と。

 感心しきりの時、偶然にも登場したのが漱石の句碑だった。それも、菜の花を詠んだ句。

 山路を登りながら、考えた事。

 1964年(昭和39年)の東京オリンピックでマラソン銅メダルを獲得した円谷幸吉。陸上自衛隊幹部候補生学校に入校後、高良山の山路を走った。

 競輪王者であり、オリンピックにも出場した中野浩一もトレーニングの場所として高良山を駆け抜けた。

 日本のボディビルダーの先駆者だった漱石。もしかして、身体を鍛えるため? 高良山に登ったのだろうか……。

絵・空鳥ひよの

南北朝時代、南朝方が城構えた高良山 天領・日田など視野に高い防御力 山頂には夏目漱石の句碑も 東久世ら一帯の街道・宿場なども巡覧

<菜の花の遥かに黄なり筑後川> 漱石

 久留米市の高良山こうらさん(312.3メートル)山頂で夏目漱石の句碑に出会った。楕円だえんの自然石に刻まれた俳句の通り、眼下には筑紫次郎こと筑後川。菜の花の季節であれば、さぞ、見事な景観が広がることだろう。

 今回、高良山を訪ねたのは、慶応3年(1867年)3月、五卿(尊王攘夷派だった三條実美さんじょうさねとみをリーダーとした上級公家)の東久世通禧ひがしくぜみちとみ四條隆謌しじょうたかうた壬生基修みぶもとながらが高良山に登ったとの記録を目にしたからだ。彼らの目的は、何だったのだろうか。その謎解きの一端でも知りたいと思い、神社にも詳しい陽明学専門家の橘一徳氏に案内をお願いした。

 東久世たちは、文久3年(1863年)の「八月十八日の政変」で長州へと都落ちした。さらに、慶応元年(1865年)2月には太宰府天満宮・延寿王院に移った。三條以下五卿の滞在は3年ほどだったが、幽閉に近い扱いと思っていた。ところが、意に反し、頻繁に各地を巡っている。その一つが、高良山だった。

 高良山中腹には、筑後一の宮、九州総社と呼ばれ、高い社格を誇る高良大社がある。

 南北朝時代の正平14年(1359年)、この筑後地方では、筑後川合戦があった。南朝方の懐良親王かねながしんのうを擁する菊池武光と足利方の少弐頼尚しょうによりひさ熾烈しれつな戦いだった。高良山には別所城こと毘沙門嶽城があり、ここは懐良親王の本城だった。城跡からの雄大な眺めに声を失う。

 城跡からは、幕府天領があった大分県日田市方面を望み、眼下には筑後川に沿って久留米城、真木和泉が宮司を務めた水天宮がある。幕府軍勢が日田方面、有明海方面から襲来しても防御できる。仮に籠城するにしても、もともと高良山は山城。中腹の高良大社は、兵員を収容できるとりでにと利用が可能。長期の攻撃にも耐えられる。

 慶応元年5月、筑前勤皇党主導で薩長和解の議がまとまり、同月末には坂本龍馬が太宰府を訪れ五卿と面談をした。東久世らが高良山に登った慶応3年の1月、五卿の官位復活、京への帰洛きらくが内定していた。

 東久世らは高良山に登るだけではなく、長崎街道、肥後薩摩方面の街道、宿場を巡覧していた。これは、倒幕の戦いに備え、防御と援軍誘導の拠点を確認していたのではないか。

 五卿たちは延寿王院でも軍事訓練に励んでいた。高良山からの地形を目にした時、政権奪取への意欲の強さを再認識したのだった。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から2018年12月まで読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(2017年6月~2018年12月)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
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