[しっとぉ?]おっとどっこい生きている! 中央区役所前の大銀杏、「再生治療」中の今年も色づく✨ 熊本藩から福岡藩に移った飯田家屋敷跡 祖の覚兵衛直景、加藤清正公しのび熊本城から苗木移植

 福岡市中央区役所前の道路を挟んだところ(中央区大名2丁目)で、「飯田覚兵衛屋敷の大銀杏」が黄色く色づき始めています。江戸時代初期から明治末年まで、黒田藩の家臣だった飯田覚兵衛直景を祖とする飯田家の屋敷があったところです。

 飯田覚兵衛は元々、熊本藩の加藤清正の重臣で、加藤家の三傑の一人でした。清正没後、加藤家が改易になったとき、親密な間柄だった黒田長政に客分として迎えられた人物です。

 大銀杏は、清正公をしのんで、覚兵衛が普請奉行として築いた熊本城(別名・銀杏城)にあった銀杏の苗木を、この地に移植して育てたものだそうです。樹齢は約400年。現在では福岡市が指定する保存樹になっています。

 樹勢が衰えてきたため、枝が大きく伐採されて痛々しい姿になっていますが、現在は「再生治療」が施されています。それでも毎年、黄色く色づいていて、まだまだ生きていることを証明してくれています。

 余談ですが、黒田長政には「黒田二十四騎」という精鋭の家来がいますが、加藤清正にも「加藤十六将」という精鋭の家来がいました。これとは別に「加藤家三傑」がいます。覚兵衛は三傑の一人ですが、幼いころから清正とともに育った竹馬の友で、熊本城の築城にその才能を発揮しました。熊本城三の丸の「百間石垣」(長さ約180メートル)などを築いています。「飯田丸五階櫓」は覚兵衛の名前を冠した建物です。先の熊本地震で熊本城は大きな被害を受けましたが、赤坂界隈にもその名城の歴史をほうふつとさせる史跡があるのですね。

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