第16回「野村望東尼御堂(獄舎跡)」(糸島市) 周囲3.8キロの姫島 政変で島流しの野村望東尼、過酷な冬越す 島の人々、今も大切に守る 

一筆啓上

 野村望東尼が遠島となった姫島(福岡県糸島市)では、牢居跡などが史跡として整備されている。波止場から、姫島神社の鳥居を目指し、路地を抜け、看板を頼りに歩くと到着する。望東尼がいた牢屋を中心に、石碑、胸像、史跡保存協賛者の名前を刻んだ碑もある。

 こういった史跡では、全体の様子を眺めることも大事だが、石碑の裏面、扁額の手跡は誰なのかを見ておくのも面白い。地域との関係性、意外な事実を見て取ることができるからだ。

 今回、牢居跡の「野村望東尼御堂」の額に目が行った。そこに、興味深い名前を発見した。原田観峰である。この原田観峰、天才書家として名を馳せた。『柳川藩 立花家中列伝』(原達郎著、私家版)にも登場する立志伝中の人であり、財団法人日本習字教育連盟の創立者である。個人的に、原田観峰は「日月神示」という神の言葉を自動書記した「ひふみ文字」を読み解いた人として関心がある。

 ちなみに、史跡保存協賛者の名前を刻んだ銅板を確認していた時、これは誤植では? と思うものがあった。「松山茂丸」とあるが、正しくは、政財界のフィクサーと呼ばれた「杉山茂丸」なのではないか……。杉山家は旧字の杉を用いる。これが、「松」に誤読されたものと考える。

「乙丑の獄」で高杉晋作匿う 老いた女性ながら牢居 志士弔う般若心経の血書、歌も詠む 入獄10か月後、晋作の手の者に救出される

 「勤皇の目明し」こと高橋屋平右衛門は、慶応元年(1865年)に姫島(糸島市)に流された。幕府お尋ねの勤皇僧月照を自宅にかくまったとしての罪だった。

 『筑前の流人』(安川浄生著)によれば、同年の「乙丑いっちゅうの獄」(福岡藩の政変)によって平右衛門の他に海津亦八、待井安内、三坂小兵衛、戸田平之丞、野村望東尼も島送りとなった。

 なかでも、高杉晋作を匿った野村望東尼は、老女でありながら牢居までが加わった。その牢は、文久元年(1861年)の「辛酉しんゆうの獄」(福岡藩の政変)で島流しとなった江上英之進(筑前勤皇党)がいた場所。望東尼は男性と同じ扱いだった。

 かつての流刑地であった姫島を訪ねた。対岸の岐志漁港から渡船を利用する。およそ3.5キロの距離を16分で結ぶが、その昔は、30分以上も要したという。そう考えると、江戸時代、潮の流れや風向きで、どれほどの時間を要したかわからない。快晴ながら風の影響で波が立ち、船は飛沫しぶきをあげ、上下に踊った。

 姫島は周囲3.8キロだが、一周できる道はない。居住区も限られている。姫島神社の一の鳥居から、民家と民家の間の路地を進むと、あっけなく、野村望東尼の獄舎跡に到達した。少しばかりの高台に設けられた牢の前から、光り輝く海、対岸の佐賀県唐津市に連なる山々も望見できた。

 望東尼の獄舎跡は、今も島の人々によって大切に守られている。「野村望東尼之旧址きゅうし」碑、胸像の他、望東尼を崇敬する人々の名前を刻む銅板がある。それには、伊藤博文、山縣やまがた有朋、広田弘毅、緒方竹虎など、歴史に名をのこす人々を多数認めた。

 姫島には浜定番、岡定番という監視の役人が配置されていた。流人は小屋を住居とし、自給自足生活が基本。しかし、望東尼は6畳ほどの獄舎から出ることは許されない。望東尼が島に着いたのは旧暦の11月。現代では真冬の12月になる。冷気、隙間風にずいぶんと悩まされたことだろう。

 それでも、望東尼は読経をし、志士たちを弔う般若心経の血書(血で経文を書くこと)をした。

 <ながされし身こそ安けれ冬の夜の あらしに出づるあまの釣り舟>

 折々、島での様子を歌に詠みもした。

 翌年9月、高杉晋作と協議したふじ四郎(筑前脱藩浪士)らによって望東尼は救出された。牢居で足のなえた望東尼を権藤幸助(勤皇の博多商人)が背負って逃げたという。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から2018年12月まで読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(2017年6月~2018年12月)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
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