第14回「西郷南洲翁隠家乃跡碑」(福岡市) 親不孝通り西側 勤皇僧月照と西下の西郷隆盛、白木家土蔵に隠れる 筑前福岡の志士たち、身命を賭して庇護

 一筆啓上

 人の縁とは不思議。

 「西郷南洲翁隠家乃跡碑」の取材に応じてくれた白木大五郎氏との出会いは東京だった。互いに在京福岡県人会組織「東京福岡県人会」の会員だったことが機縁。もう、かれこれ、10年ほどの付き合いになる。

 しかし、西郷隆盛をかくまった家の方とは、まったく知らなかった。

 筆者が福岡にUターンし、福岡県内の史跡を訪ね歩いている時だった。由来はわからないが「西郷南洲翁隠家乃跡碑」があると知人が教えてくれた。そこに石碑が「在る」と記載したガイドブックはあっても、背景や事実の記述は何もない。さらに、あの「西郷南洲翁隠家乃跡碑」はマユツバ物という声も聞こえてくる。

 幕末、尊皇や倒幕で活動した人々の情報交換は密書、もしくは密会だった。密書の類は一読後に焼き捨てるのが仲間内の決まり。ゆえに、文書での証拠を見つけ出すのは至難のわざ。

 消化不良の日々を送っているときだった。

 「あれは、ウチの先祖がやったことです」

 白木大五郎氏が口にされる。先祖の白木太七が西郷隆盛を匿ったという。

 早速、白木氏の自宅に上がり込み、太七の位牌を拝する。白木家当主である大五郎氏から黒田家との関係、黒田騒動で醸造業に転じたいきさつまで語っていただいた。

 幕吏に追われる西郷や勤皇僧月照を匿うことは、恩顧ある福岡藩主の黒田家を裏切る行為。ゆえに、口伝として子孫に伝わるだけで、表ざたにはしていない。

 しかし、思い切って碑にしたのが「西郷南洲翁隠家乃跡碑」だった。

 明治維新150周年の今年、150年ぶりに白木太七が表舞台に登場したことを白木大五郎氏は随分と喜んでくださった。これが機縁で西郷隆盛、坂本龍馬、勝海舟の子孫とも交流が始まったという。

 人の縁とは、本当に不思議。

「福萬醤油」営む白木太七、月照は隣家の高橋屋平右衛門宅に匿う 口伝ながら、「目玉の大きな男」と子供のエピソードも

 謎の石碑が福岡市中央区舞鶴の路地にある。「西郷南洲なんしゅう隠家かくれが跡」と彫り込まれたそれは、親不孝通りの西側、居酒屋「兼平鮮魚店」脇にある。一見、客寄せのディスプレイなのかと、目を疑う。

 この碑は、西郷隆盛(南洲)、勤皇僧月照の薩摩落ちの際、ここに西郷が隠れたというもの。案内看板の一枚もなく、いったい、これは何なのかといぶかる人は多い。文献にも記されていないため、信用できないという噂も。

 安政5年(1858年)、いわゆる「安政の大獄」によって幕府から追われる身になった月照は西郷とともに西下した。馬関(山口県下関市)の商人・白石正一郎の邸にたどり着いた西郷たちは、船で筑前福岡藩領の戸畑(北九州市)に上陸。黒崎、木屋瀬を経て、大浜(福岡市博多区)の北条右門(薩摩藩士・木村仲之丞)の家に転がり込む。ここからは、筑前福岡の志士たちが身命を賭して庇護ひごした。同年10月初めの頃である。

 この筑前福岡の志士の一人が「福萬醤油しょうゆ」を営む白木太七だった。現在も親不孝通り東側に醤油専門店「福萬醤油」があるが、戦前の地図を確認すると、碑が立つ場所に「福萬醤油」との記載を認めることができる。

白木大五郎氏提供

 口伝ながらとして、白木家の現当主・白木大五郎氏が事情を語ってくださった。

 西郷、月照を同じ場所にかくまうのは危険と判断した白木太七は西郷を自宅に、月照を隣家の高橋屋平右衛門宅に匿った。

 もともと、白木家は筑前福岡藩家老・栗山大膳の家臣だったが、寛永9年(1632年)の「黒田騒動」に連座し士分剥奪。後に、醸造業に転じた家柄だった。

 その白木家の土蔵に西郷は隠れた。白木大五郎氏の曽祖父・半四郎は子供の頃、目玉の大きな男の人が蔵にいて、チリ紙を買ってきてほしいなどとお使いを頼まれたという。

 残念ながら、白木家に西郷が匿われたとの記録はない。他の文献においても目にしたこともない。

 しかし、月照を匿った高橋屋平右衛門については『加藤司書の周辺』(成松正隆著)に名前があり、事が発覚し島流しになったとも。

 西郷を匿った白木太七は、今も歴史の闇に埋もれたまま。菩提寺は近くの曹洞宗安国寺だが、罪人を出したとの負い目から太七の葬式は出していない。

 明治元年12月10日没。これだけが、西郷を匿った白木太七の真実としてのこっている。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載中。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(連載中)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
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