第9回「尊王烈士碑」(筑紫野市) 旧長崎街道・原田宿の筑紫神社 地元出身の吉田重蔵と岡部諶を顕彰 大和挙兵天誅組の変に参戦の吉田、病身の岡部は伝家の宝刀与えて激励

一筆啓上

 「史跡を巡るとき、クルマでの移動ですか?」
 多くの方から尋ねられる。

 「いえ、歩きです」
 そう答えると、驚かれる。

 なんでもかんでも合理的に、早く、というのが現代。そんな中、テクテク歩いて史跡を巡るからだ。

 しかし、幕末期の人々は、特別のことがない限り、歩いて移動した。ゆえに、当時の人々と同じ速度、同じ目線で、感覚で物事を見てみたい。どのように風景を見ていたのかを知りたいと思い、なるだけ歩く。

 真夏の直射日光にさらされようが、雪が降ろうが、ただ歩く。

 筑紫神社を訪ねた時も西鉄・筑紫駅からの歩き。駅前は新興住宅街に変貌し、旧知の場所でありながら、方角がわからなくなった。郵便局で道を尋ねる始末。

 迷いながら辿たどり着いた筑紫神社で「尊王烈士碑」を見つけるのは簡単だった。しかし、経年劣化で碑裏面の彫り込んである文字が読めない。仕方なく、カメラの望遠レンズで、一文字一文字、確認しながら読み進む。

 平野國臣や月形洗蔵の名前を確認するが、記録文書では月形洗蔵の「蔵」は「造」となっている。名前の字や読みは難しい。耳で聞いた音を文字にするので、「蔵」であったり「造」であったりする。いずれが正しいのか、正解は得られないにもかかわらず、考えてしまう。

 筑紫神社からは旧長崎街道・原田はるだ宿じゅくを経て、JR原田駅から電車に乗る。ぼんやり、車窓から景色を眺めながら考える。「月形洗蔵なのか、月形洗造なのか……」

 これが、クルマでの移動であれば注意散漫で事故を起こしかねない。やはり、史跡を確認する際は、よほどのことがない限り、歩きが良い。夏は冷たいビール、冬はかん酒を楽しむこともできるし。

武力による倒幕運動のはしり 妻子を残し、大和(奈良)まで出向くも捕縛、京都・六角獄舎で斬殺される <いよいよ恋しきふる里の空> 辞世の句に故郷思う心情

 長崎と小倉を結んだ旧長崎街道は、現代、シュガー・ロードと呼ばれる。江戸時代、長崎出島に陸揚げされた砂糖が北上し、街道沿いに南蛮菓子、羊羹ようかん饅頭まんじゅうなどを誕生させたからだ。

 その旧長崎街道・原田はるだ宿じゅく筑紫つくし神社(筑紫野市)を訪ねた。ここには、吉田重蔵、岡部まことを顕彰する「尊王烈士碑」がのこされているという。

 吉田は筑紫神社に近いくまの生まれ。もとは田中重次郎と名乗ったが、変名の吉田重蔵で知られる。

 文久3年(1863年)8月、中山忠光卿(明治天皇の叔父)を首領とする「大和挙兵天誅組の変」に参戦し捕縛、京都・六角獄舎に送られた。この挙兵は武力による倒幕運動の最初といわれる。吉村寅太郎、池内蔵太、那須信吾という土佐勤皇党が挙兵に加わったことで有名だが、吉田重蔵も参戦した。福岡から大和(奈良)にまで出向いた吉田の熱意に言葉を失う。それも、妻子を故郷に残してである。

 碑は神社東側参道の右手にあったが、経年劣化に加えて、背後の樹木の陰になり、彫りこまれた文字が判読しづらい。望遠レンズで数文字ずつを読み進んだ。平野國臣、月形洗蔵などと尊王攘夷の大義を唱えると確認できた。しかし、変色し、こけがこびりつき、この確認作業は容易でない。拓本が神社にあれば幸いと社務所を訪ねた。

 突然の訪問にも関わらず、味酒安志みさけやすゆき宮司は資料をコピーし、碑まで案内してくださった。碑文が確認でき、由来も分かった。

 吉田重蔵とともに碑に刻まれている岡部諶は、吉田の師ともいうべき人物。先述の平野國臣、月形洗蔵とも志をともにする。筑紫神社の近く、西小田の庄屋平山茂次郎の息子だったが、幼い頃から学問好き。「読書中不言」の札を下げるので近隣では狂人扱いされた。病で吉田と行動をともにすることができない。吉田に伝家の宝刀を与えて激励した岡部だった。

 六角獄舎の吉田重蔵は、元治元年(1864年)の京都・「禁門の変」で大混雑の最中、斬殺された。やはり、「生野の変」で挙兵し、囚われの身であった平野國臣とともに。

 その吉田の辞世の句が遺されている。

<九重につくす心のまさりてそ いよいよ恋しきふる里の空>

 国事に奔走しながらも、故郷を思う心情は身につまされる。吉田重蔵、34年の生涯だった。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から2018年12月まで読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(2017年6月~2018年12月)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
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