第7回「三條西季知歌碑」(筑紫野市) 二日市温泉の丁字路 五卿の一人、官位復活・帰洛の内示に喜び 薩長の協力進展、従者の軍事訓練盛んに

一筆啓上

 夏目漱石といえば、『坊ちゃん』『吾輩は猫である』などの作品を思い出す。その漱石は、俳句も多く詠んだ。いや、むしろ、575の俳句を詠んだからこそ、あの名作が誕生したと言ってよい。

 そして、その漱石の俳句の師匠とでもいうべき存在が正岡子規である。漱石、子規の親密ぶりは、子規の句集の随所にみられる。

 漱石の句碑が二日市温泉(昔は武蔵温泉)の「御前湯」の前庭に佇立している。単なる庭石にしか見えないからか、気づく人はほとんどいない。

 明治29年(1896年)、熊本で新婚生活を送る漱石は、博多公園、筥崎宮、香椎宮、天拝山、太宰府天満宮、観世音寺、都府楼(大宰府政庁)など、福岡市近郊を歩き、俳句を詠んだ。明治27年(1894年)に始まった日清戦争も、前年の明治28年(1895年)には講和条約が結ばれ、世間が落ち着きを取り戻しつつある中での句である。

 漱石の日記、小説、紀行文には、福岡出身者の名前を散見する。杉山茂丸、相生由太郎、そして山座円次郎。いずれもひと癖もふた癖もある御仁たちだが、淡々と漱石は作品や日記に名を記す。もしかしたら、漱石生涯の師・杉浦重剛の影響から、アジア主義者たちの原点を探るための旅だったのかもしれない。

 ちなみに、漱石は日本人初のボディビルダーである。

 温泉、肉体改造と健康に留意する人でありながら、残念なことに大正5年(1916年)に49歳という若さで亡くなる。

 なお、ボディビルダー漱石に関心がある方は、拙著『東京の片隅からみた近代日本』を参考にされたらよい。三島由紀夫にボディビルをレッスンした玉利斎氏へのインタビューとともに記している。

近くに文豪・夏目漱石の句碑 新婚旅行で滞在、三條西と同じく喜び詠む 黒田藩主専用だった「御前湯」前庭

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 二日市温泉(筑紫野市)には、文豪夏目漱石の句碑がある。明治29年(1896年)に新婚旅行で訪れた時のもの。今は公衆の浴場だが、かつては黒田の殿様の専用温泉であった「御前湯」の前庭にある。

温泉のまちや踊ると見えてさんざめく>漱石

 宴会のざわめきをよそに、新妻を前にしての漱石が平静を装う心象がうかがえる。

 その漱石の句碑がある通りを南に進むと、丁字路の角に歌碑がある。大きな岩がそれになるが、誰も存在に気づかない。三條実美さねとみの歌碑にも近いが、これは、五卿の一人、三條西季知すえとも(1811~1880年)のもの。文字の墨が薄れて判読し難いが、解説の銅板を読むと様子が見えてくる。

<けふここに 湯あみをすればむら肝の 心のあかも 残らさりけり>

 太宰府・延寿王院に転座して3年目の慶応3年(1867年)に詠んだもの。この年の初めには、五卿の官位復活、帰洛きらく(帰京)の内示が届いていた。ようやく、身辺の慌ただしさ、無位無官の屈辱から解放される。そんな、深いため息が漏れ聞こえてきそうだ。

 文久3年(1863年)、京の都を追われた五卿だったが、慶応元年(1865年)5月には薩長同盟の前段である薩長和解が進んだ。これを受け、長崎では薩長の協力が進展していた。薩長同盟は慶応2年(1866年)1月のことである。

 慶応3年(1867年)8月から、五卿従者たちの軍事訓練が盛んになる。毎月4日、9日の休日を除き、毎日、銃陣、撃剣訓練、砲術、乗馬があった。五卿従者の谷すすむ(土佐藩)が最新式の装条銃30ちょう、弾丸三千発を長州から持ち帰ってもいた。「英国歩兵練法」を読み、西洋砲術の訓練に熱心であったことが確認できる。

 しかし、二十代、三十代ならいざしらず、三條西はこの頃五十代半ばだった。もともと、三條西家は公家文化である和歌、香道を伝える家柄である。三條西自身、新政府になってからは明治天皇に和歌を指導もした。それだけに、日常の汗くささ、硝煙、モヤモヤした「心のあか」を奇麗さっぱり温泉で洗い流したのだった。

 王政復古に向け悲壮感すら漂う三條実美の歌と比べると、三條西の歌からは爽快感すら迫ってくる。漱石の句碑もそうだが、人は喜びが大きければ大きいほど、よどみのない感情表現をするものなのか。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載しており、18年4月からは福岡市のソラリアステージで開講中の「よみうりSPACEラボ」講師を務める。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(連載中)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
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