第6回「三條実美歌碑」(筑紫野市) 旅館・大丸別荘の裏玄関わき クーデターに敗れ太宰府に西下の三條、歌に討幕の意志込める

一筆啓上

 そのむかし、大宰府は「とお朝廷みかど」と呼ばれた。簡単にいえば、朝廷の出先機関のことだ。

 さらに、この大宰府は風水都市でもある。地図で確認すると、東西南北、地の理に叶った都市であったことがわかる。風水では東西南北の方位のそれぞれに、色、季節、動物(架空を含む)、守護神、自然を配置する。下記のカッコは、それを大宰府にあてはめたものだ。

東:
青、春、龍、持国天、川(御笠川)
西:
白、秋、虎、広目天、道(西海道)
南:
朱、夏、雀、増長天、平野と沼沢(二日市温泉)
北:
玄、冬、亀、毘沙門天、山(大野山、四王寺山)

 ちなみに、太陽は東から昇る。ゆえに、人生における勢いのある時を東にかけて「青」「春」=「青春時代」と呼ぶのも風水の考えから。會津(会津)の白虎隊は西方の守備隊。西は「白」「虎」を示すことから名づけられた。

 大宰府政庁の縮図を見ると、大宰府政庁は碁盤の目に区切られた条坊制の都市として描かれている。条坊の中心線(都大路ともいうべきか)に添って南に下がると、榎社(寺)がある。榎社とは、京の都から左遷された菅原道真の館があった場所。「府の南館」とも呼ばれたが、現在の西鉄二日市駅の北側にある榎社がそれになる。さらに南に下れば、条坊の端に湯町こと現在の二日市温泉を認めることができる。万葉歌人の大伴旅人が赴任地の大宰府で妻を亡くし、その悲しみを歌に詠んだ場所でもある。

 万葉歌人だけではなく、「八月十八日の政変」で太宰府天満宮・延寿王院に滞在した五卿らも、折々、二日市温泉(昔は武蔵温泉)に身を浸した。温泉は、意外にも、密談に適した場所だったのだろう。

 なお、大宰府と風水の関係については、拙著『太宰府天満宮の定遠館―遠の朝廷から日清戦争まで―』を参考にされたい。

薩摩の西郷隆盛、筑前の平野國臣と倒幕策練る 万葉歌人・大伴旅人の歌にかけ、官位復活も願ったか

 二日市温泉(筑紫野市)は、その昔、武蔵むさしの湯と呼ばれ、太宰府天満宮参詣人の湯治場でもあった。

 その温泉街の一隅に、万葉歌人・大伴旅人おおとものたびとの歌碑がある。旅人といえば、あの「海ゆかば……」の作詞者・大伴家持やかもちの父になる。

 <湯の原に 鳴く葦田鶴あしたづは わがごとく いもふれや 時わかず鳴く>

 家族を伴い大宰府に赴任した旅人だったが、思いもかけずこの地で妻を亡くした。鶴のもの悲しい鳴き声に自身の悲しみを重ねて詠んだもの。旅人の深いため息すら聞こえてきそうだ。

 この旅人の歌碑から南に50メートルほど進んだ右手に3本の石柱がある。旅館「大丸別荘」の裏玄関(旧表玄関)脇にオブジェのように立っている。

 これが三條実美さねとみの歌を彫りこんだ歌碑であることに気づく人は少ない。流麗な筆文字はデザインのよう。しかし、そばに解説板がめこまれた石柱があるのは、ありがたい。

 <ゆのはらに あそふあしたつ こととはむ なれこそしらめ ちよのいにしへ>

 旅人の歌にもあるように、昔の二日市温泉には鶴が飛んできた。鶴は千年、亀は万年の寿命があると信じられる。千年前の王政はどんな様子だったのか知っているだろうと、三條は鶴に問いかけた。クーデターに敗れ、九州・太宰府に西下してきたものの、再起(討幕)するぞとの意志が読み取れる。

 この二日市温泉の西方には天拝山てんぱいざん(標高約257メートル)がある。やはり、謀略によって大宰府に左遷された菅原道真が、麓の「紫藤しとうの滝」で身を清め、山頂から我と我が身の無実を天に訴えた。そんな故実に倣って、三條らも天拝山に登り、王政復古を天に誓ったのではないか。道真の場合、死後とはいえ、官位も名誉も回復を遂げている。それだけに、三條たち五卿も真剣だったに違いない。

 解説では、薩摩の西郷隆盛、筑前の平野國臣くにおみと倒幕の策を練ったとも記されている。志士たちも湯治と見せかけ、ひそかに三條らのもとを訪れていたのだろう。

 冒頭の旅人の歌は「黄泉よみがえり」を歌に託したものとも解釈される。三條も旅人の歌にかけて官位復活(よみがえり)を願ったのではないだろうか。

 今では討幕維新の緊迫した雰囲気など、みじんも感じられない温泉街だ。それこそ、昔を知る鶴が飛来してくれないものかと、空を見上げる。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から2018年12月まで読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(2017年6月~2018年12月)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
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