第4回「和魂漢才碑」(太宰府市) 「安政の大獄」の年に建立、今は天満宮の手水舎そばに 日本文化を大切にする言葉 尊皇思想に影響与えた平田篤胤が普及させる

一筆啓上

 太宰府天満宮の手水舎のそばにありながら、誰も気づかないのが「和魂漢才碑」。この碑を建てるにあたって、勤皇僧月照が歌を遺している。

<赤心報国の人々いひ合せて太宰府の聖廟に和魂漢才の碑を建つると聞きてしきしまや大和心のひとすぢに いと畏くも立つる石文>

 碑左手には「和魂漢才碑」を建てる際の寄進者の名を刻む石塔がある。この石塔の正面には、松屋孫兵衛、楠屋總五郎らの名前を確認できる。松屋孫兵衛(栗原順平)とは、月照を自邸にかくまった「松屋」の主である。

 また、この寄進者の石塔には馬関(下関)の豪商・白石正一郎の名もあるという。しかし、経年劣化とこけに覆われ、容易に白石の名前は見つからない。

 この「和魂漢才碑」を見ながら思うのは、清朝末期の中国革命の志士・りょう啓超けいちょう。「戊戌政変」で身辺が危うくなったところを伊藤博文に助けられ日本に亡命。その梁啓超が詠んだ漢詩に、勤皇僧月照、西郷南洲が登場する。「日本の明治維新は中国革命の第一歩」と孫文は述べた。梁啓超、孫文ら中国革命の志士たちは日本の明治維新を意識していた。

 しかし、手水舎に集う中国人観光客は無関心。少しは、碑に注意を向けるよう、教えてあげるべきでは?

 なお、松尾龍之介氏の『鎖国の地球儀』は文章もさることながら、豊富なイラストが目を楽しませてくれる。江戸時代の人々が世界の国々をどのように理解していたかが一目瞭然――。

菅原道真にちなみ、子孫の五条為定が揮毫 気になる一行「革命国風深可加思慮也」 世界情勢知る九州、筑前福岡藩 幕府に代わる王政復活の主張込めたか

 太宰府天満宮の手水舎てみずやの水盤は日本でも有数といわれる。その巨大な一枚岩は、宝満山から切り出したもの。それにしても、外国人観光客の人垣で割り込む隙もない。

 その手水舎の右後方、樹木の陰に「和魂漢才碑」と呼ばれる碑がある。「和魂漢才」とは、幕末の尊皇思想に大きな影響を与えた国学者の平田ひらた篤胤あつたね(1776~1843年)が普及させた言葉である。「漢学に精通しつつも、日本文化の心は失わない」という考えからきている。遣唐使を廃止し、日本独自の文化を尊重した菅原すがわらの道真みちざねにちなんで建てられたと伝わる。

 この「和魂漢才碑」を詳細に見ていくと、面白いことに気付く。建てられたのがあの「安政の大獄」が起きた安政5年(1858年)である。揮毫きごうは道真の子孫でもある五条ごじょう為定ためさだ。道真自身、大宰府に左遷されても天皇崇拝の人であった。碑の文中に「革命国風深可加思慮也」(革命の国風は深く思慮を加えるべきなり)との一行は気になる。読み方によっては、外圧に屈する幕府など倒してしまえとも受け取れる。

 いささか、過激とも国粋主義的とも受け取れる言葉だが、平田篤胤は海外事情に詳しい人だった。平田は長崎の天文地理学者西川にしかわ如見じょけんの著作を通じ東洋思想の優位性を理解していた。

 『鎖国の地球儀』(松尾龍之介著)によれば、平田の思想は「和魂洋才」を奉じた佐久間さくま象山しょうざん(勝海舟の義兄)の「東洋道徳、西洋技術」に通じる。西洋近代の技術、世界情勢は長崎を通じて、九州各地では周知の事実だった。知らぬは「奥座敷」の幕府要人と権威主義の取り巻き連中だった。

 筑前福岡藩は幕府から一年交代での長崎港警備を命じられていた。長崎には太宰府天満宮の末社もあり、自然と世界の動向は太宰府にも届く。尊皇攘夷じょういといいながら、日本は世界の趨勢すうせいに逆らえない状況であることも分かっていた。西洋に疎い幕府に代わり、王政を復活させるべきだ。幕府の弾圧(安政の大獄)何するものぞ。そんな主張が「和魂漢才碑」に込められている気がしてならない。

和魂漢才碑(松屋孫兵衛) この「和魂漢才碑」のそばに碑を建てた寄進者の碑もある。刻まれた名前を辿たどっていくと、松屋孫兵衛の名前を確認できた。あの月照げっしょうかくまった「松屋」主人孫兵衛(栗原順平)である。薩摩藩や月照に対する情実だけではなく、納得づくで行動した志士だった。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から2018年12月まで読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(2017年6月~2018年12月)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。
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