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[ぷちレビュー]大泉洋さん主演映画『そらのレストラン』 笑いあり、涙あり、おいしいものあり! 冬の真っただ中、心の底から温まります 1月25日(金)全国ロードショー

 映画『そらのレストラン』が1月25日(金)から、福岡市のユナイテッド・シネマキャナルシティ13などで全国公開されます。大泉洋さん主演の北海道シリーズ最新作。若き酪農家のチーズづくりをめぐる人間模様を中心に、家族の絆や仲間の友情、食の可能性を丹念に描くハートウォームな物語です。笑いあり、涙あり、おいしいものあり。冬の真っただ中、劇場で心の底から温まってください。

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紅白の感動をもう一度―― 九州・熊本が生んだ歌姫・島津亜矢さん、博多座で凱旋公演 龍馬の妻おりょう演じる芝居&コンサート 1月15日(火)開幕!

 昨年末の日本レコード大賞と紅白歌合戦。並み居る出演者の中でも、島津亜矢さんは圧巻でした。けた外れの歌唱力、情感あふれる表現力、ステージの安定感――。様々な特長が相まって、その魂の歌は心に響きました。

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これは斬新“お餅なピザ” 『シェーキーズ』がキャナルシティ博多店などで1月限定提供 お正月気分をアメリカンに楽しんじゃおう!

 わたくし、きな粉派です。

 え? あ、お餅の話です。

 子供のころ、お正月になるとおじいちゃんがきねと臼でついてくれた思い出もあって、今でも大好物です。ほおばると何だが、日本だけにある幸せをいただいているような気分になります。 “これは斬新“お餅なピザ” 『シェーキーズ』がキャナルシティ博多店などで1月限定提供 お正月気分をアメリカンに楽しんじゃおう!” の続きを読む

今年1年の無病息災を願って……。🐗赤坂小で「どんど焼き」😄

 福岡市中央区赤坂2の赤坂小学校で1月12日(土)、正月飾りなどを火にくべる恒例の「どんど焼き」が行われました。地域の人たちがしめ縄や松飾りなどを持ち寄り、燃えさかる炎に1年の無病息災を願いました。

 この日は、PTAや校区の自治会の人たちが早朝から校庭に集まり、準備に着手。事前に近隣で伐採した竹を組み上げて四角すい形のやぐらを作りました。やぐらの高さは6~7メートルほど。柱の下に燃焼を促すわらと、切りそろえた竹を置き、正月飾りを積み上げて完成です。

 午前10時すぎ、わらに点火すると勢いよく炎と煙が上がり、拍手が起きました。「厄をはらう」と伝えられる竹の破裂音が鳴り響くたびに、子どもたちが驚きの声を上げ、一帯は笑顔に包まれていました。

 同小でどんど焼きが始まった時期は定かではありませんが、古くから住む人によると、「少なくとも30年前ごろにはもう行われていた」そうです。

 伝統は若い世代に引き継がれ、この日はやぐら組みに汗する保護者の姿も多く見受けられました。炎が下火になると、校庭の一角でぜんざいが振る舞われ、大人も子どもも一緒になって味わっていました。

第25回「石蔵酒造」(福岡市) 博多区堅粕(現在) 亡命の高杉晋作が潜伏、再起図る 主人の石蔵卯平、月形洗蔵ら筑前勤皇党と連携

一筆啓上

 福岡市博多区に「対馬小路」と表記される地名がある。

 多くの方は、ツシマコウジ? ツシマショウジ? と自信なげに口にされる。
「ツマショウジ」と読むのだが、なぜ、博多の地に対馬という地名があるのか。
 不思議……。

 これは、もともと、この地に対馬藩の蔵屋敷があったことから付けられた。

 対馬藩は幕府から薬用朝鮮人参の独占貿易を認められ、10万石の大名と同格に扱われた。しかし、対馬は米を十分に収穫できる地ではない。そこで、肥前田代領(現在の佐賀県鳥栖市上町)に飛び地を持ち、そこで収穫された米を博多の蔵屋敷に集めた。その蔵屋敷があったことから「対馬小路」という地名が遺った。

 そして、この対馬小路の地で海運業を営んでいたのが「石蔵屋」。

 この石蔵屋の主人は石蔵卯平いしくらうへいといって、勤皇の志が篤い商人だった。高杉晋作の筑前福岡への亡命では、身命を賭して晋作を庇護したのだった。

 現在、「石蔵屋」は福岡市博多区堅粕に移転し、酒造業を営んでいる。

 ギャラリーのような酒蔵の一画に、維新史に登場する志士たちのパネルがあり、「石蔵屋」の主人卯平と志士たちとの交流の歴史を楽しむことができる。

 「意外だった……」。こんな歴史ファンの声を聞くことができるのである。

後に奇兵隊入りの石蔵卯平 高杉を匿ったのが機縁か 金銭・情報面で勤皇派支援 功績認められ靖国神社に合祀

 石蔵酒造という造り酒屋が福岡市博多区堅粕にある。「博多百年蔵」と言ったほうが分かりやすい。蔵は国道3号に面しているが、ここは明治3年(1870年)に第二酒造場として設けられたところ。それ以前は、現在の博多区須崎町にあったと伝わる。始まりは、福岡藩主の黒田家に従い筑前に来た石蔵屋。魚問屋、対馬藩の運送用達を生業とした。須崎町の北側には対馬小路つましょうじという地名が残るが、これは対馬藩の蔵屋敷がこの地にあったことに由来する。

 文久3年(63年)、長州藩は英米仏蘭の四か国艦隊に砲撃を仕掛け敗北。その講和使節は高杉晋作だった。その堂々とした応対ぶりは、アーネスト・サトウの『一外交官の見た明治維新』に詳しい。

 しかし、同年の「八月十八日の政変」、元治元年(64年)の「禁門の変」で長州藩は幕府の圧力に屈し、俗論党が政権を掌握した。高杉は再起を期すため、身を潜める必要があった。

 俗論党によって拘束されかけた高杉は、まず、馬関(山口県下関市)の豪商・白石正一郎を頼った。さらなる逃避行には、久留米藩真木和泉の門弟渕上郁太郎、福岡脱藩浪士の中村円太えんたが関わった。

 同年11月、高杉は筑前福岡に亡命した。谷梅之助と変名した高杉が潜伏した先は石蔵屋。主人の石蔵卯平いしくらうへいは筑前勤皇党の月形洗蔵、鷹取養巴たかとりようはと親しく、先導役の円太とも顔なじみ。常日頃、卯平は勤皇党の志士に金銭の都合をつけ、情報を提供するなど協力的だった。それは対馬藩の勤皇派に対しても同じだった。

 文久2年(62年)、対馬藩と長州藩は同盟を結ぶが、これは前年のロシア軍艦ポサドニック号が対馬を占領した影響が大きい。こういった内外の動き、変化に卯平は迅速に反応したが、それは高杉受け入れにも見て取れる。

 卯平は後に、高杉が創設した奇兵隊に身を投じる。自邸での高杉との出会いが機縁となったのは想像に難くない。残念ながら、明治元年(68年)、卯平は同志と長崎に赴いて後、肥後・天草で何者かによって惨殺された。

 しかし、卯平がいたことで、高杉は再起できた。変化を読み取るに敏な卯平と高杉は、維新の先に何を見、何を語っていたのだろうか。須崎町から堅粕をめぐりつつ考えた。

 なお、功績が認められ、明治26年(93年)、卯平は靖国神社に合祀ごうしとなった。

筆者プロフィル

浦辺登さん

浦辺うらべ のぼる 歴史作家・書評家
1956年(昭和31年)、福岡県生まれ。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌等への投稿を行う。オランダ系生命保険会社勤務、財団法人日本プロスポーツ協会事務局長を経て、日本近現代史を中心とした執筆・講演活動に入る。現在、福岡の偉人の足跡を伝える講座を黒田家ゆかりの圓應寺(福岡市)などで開講し、新聞・雑誌で書評を担当。2017年6月から2018年12月まで読売新聞の福岡県地域版で「維新秘話」を連載。著書は『玄洋社とは何者か』『東京の片隅からみた近代日本』『太宰府天満宮の定遠館』(いずれも弦書房)など。学校現場を含め、講演多数。「福岡先哲の会」主宰。
 「浦辺登の福岡維新を歩く」は、読売新聞の福岡県地域版の連載企画「維新秘話 福岡」(2017年6月~2018年12月)に掲載された記事をもとに、新たな文章や写真などを加え、レイアウトも大幅に変更して再構成したものです。

新春にサプライズな!?お雑煮はいかが 「博多めんちゃんこ亭」が1月15日(火)まで期間限定で提供中

 お正月料理って、日本の大切な食文化の一つだなぁ。

 季節柄、そんなことをぼんやりと考えます。

 ですがわたくし、実際には味わえていません(トホホ)。七草がゆだけはかろうじて、食堂の定食でいただきましたが……。

 でも一つ、とっておきを残しています。子供のころから、楽しみはあとにとっておくタイプなのです(笑)。

 それは、「お雑煮めんちゃんこ」。元気印の麺居酒屋「博多めんちゃんこ亭」の新春恒例の限定メニューです。 “新春にサプライズな!?お雑煮はいかが 「博多めんちゃんこ亭」が1月15日(火)まで期間限定で提供中” の続きを読む